1986年4月26日、チェルノブイリ原発事故ゲッソリ

武井たか子さんが、娘を生んだ翌年のことでしたおねだり

 

たか子さんは、当時はまだ、原発の問題性をあまり認識してなくて、報道で事故の現状を知るにつれ、じわじわと恐ろしさが押し寄せたそうです笑い泣き

 

ヨーロッパはもちろん、日本にも放射能が降ってるいるからと、輸入小麦など農産物などに注意を払っていたことを覚えている悲しいとも。

 

その後、地元伊方原発の反対運動に参加するようになりますチョキ

 

 

そんなたか子さんが、この上なくショックを受けたのが、2011年3月11日の、東京電力福島第一原発事故でした。

 

「原発を止められなかった、私たちの責任やな悲しいそう思った」と言います目

 

その年の11月3日、伊方原発を止める会が発足!!

暮れに、伊方原発差し止め訴訟の第一次提訴が行われます真顔

年が明けて、第二次提訴、原告の中には、たか子さんの名前がありました指差し

 

「弁護団長の草薙さんが

 

『私たちは微力だけど、無力じゃないびっくりマーク

 

と言われたのを、よく覚えています、今でも涙が出ますタラー」と言いますえーん

 

「県議会では、議会が開かれるたびに、原発についての発言をしようと心掛けてますびっくりマーク

 

ただ質問は年に2回と制限されていて、市民からの請願がでない限りは発言の機会がないため、毎度というわけにはいかないショボーン

 

 

数の論理でたか子さんの意見が通ることはないけど、

「原発の愚かさを、議事録の中に残してやろうびっくりマーク

という心意気飛び出すハート

 

あきらめて黙ってしまったらおしまいだもんねプンプン

 

今のホットな問題は何はてなマークと問うと

 

「政府の方針転換で、これまで最長でも40年としていた原発の耐用年数が、延長可能にされたことびっくり

福島原発の事故を起こした国がやることではないびっくりマーク

 

福島では、汚染水の処理は進まず増えるばかりで、海に垂れ流すことしかできない笑い泣き

原子炉の中の様子すら把握できず、事故の処理に手を付けられない状況ですゲッソリ

小児がんも増えていますタラー

 

いったん事故が起きれば、こうなることがわかっていて、愛媛県は、原発に対する態度を国にまるなげしているのですプンプン

私たちは、伊方原発3号機から55kmの松山で、原発とともに暮らしています真顔

フクシマの事故でいえば、関東甲信越まで深刻な放射能汚染がありましたが悲しい

55 kmという距離は、福島第二原発と郡山や伊達、いわき市などと同じ、ごくごくご近所ゲッソリ

 

ひとごとではないし、処分することのできない、核のゴミを出し続けることは、将来にわたる全世界への冒涜と言えますよねえーん

 

 

県議会の中で発言し続けてくれるたか子さんを応援すること、たか子さんに1票を投じることが、今、私たちがすぐにできること!! 

わたしはそう考えていますウインク