不登校の毎日の中で、一番重苦しい時間。 それは、間違いなく「朝」ではないでしょうか。
時計の針が8時を過ぎ、9時を過ぎ……。 隣の部屋で眠り続ける娘の気配を感じながら、キッチンで立ち尽くす。
「もう一回、声をかけたほうがいいのかな」 「このまま寝かせたままで、本当にいいの?」
起こせば不機嫌になり、起こさなければ罪悪感に苛まれる。
そんな「朝の攻防」に、もう心も体もボロボロになっているお母さんへ。
あえて、魔法のような(でも少し怖い)提案をさせてください。 明日の朝、娘さんを起こすのを、一切やめてみませんか?
「起こさない」ことが、なぜあんなに怖いのか
「そんなことしたら、一生昼夜逆転が直らない!」 「親としての責任を放棄している気がする……」
そう思われるかもしれませんね。わかります。私もそうでした。 私が必死に娘を起こしていた理由。それは、娘のためというよりも、**「私が安心したかったから」**でした。
娘が朝起きて、制服を着て、玄関を出る。 その姿を見ることさえできれば、私の心にある「将来への不安」という化け物が、一瞬だけ消えてくれる。 だから、無理にでも起こそうとしていたんです。
彼女が寝ているのは、心の「充電」中だから
不登校の子供にとって、朝は「敗北」を感じる時間です。
外から聞こえる登校中の子供たちの声、近所の視線。 それらに耐えられなくて、彼女たちは深く、深く眠ることで自分を守っています。
彼女たちの眠りは、ただの怠慢ではありません。 すり減った心を修復するための、命がけの「充電」なんです。
それを無理やり起こすのは、充電中のスマホのコードを、10%しか溜まっていないのに引き抜くようなもの。 そんな状態で外に出したところで、すぐに電池切れを起こして、もっと深く傷つくだけです。
境界線を引く、ということ
「起こさない」と決めることは、突き放すことではありません。
「あなたの人生のペースは、あなたのもの。私はそれを尊重するよ」 という、一人の人間としての深い信頼の証です。
私が起こすのをやめた初日、心臓がバクバクしました。
「本当にこのまま放っておいていいの?」という恐怖が、何度も襲ってきました。
でも、不思議なことに、家の中を支配していた「ピリピリした殺気」が、その日から少しずつ消えていったんです。
「起こされるかもしれない」という怯えがなくなった娘は、はじめて家の中で「本当の安心」を感じるようになりました。 そして、数週間が経ったころ。 昼過ぎに起きてきた娘が、「お腹すいた……」と、自分からキッチンに現れたのです。
世界は、意外と壊れません
あなたが起こさなくても、太陽は昇り、世界は回ります。 そして、何より大事なこと。 あなたが起こすのをやめても、娘さんはあなたのことを「嫌い」にはなりません。むしろ、自分を認めてくれたことに、心の底で安堵します。
「親としての責任」を、一晩だけ横に置いてみてください。
「起こさなきゃ」という義務感を捨てて、 「今日、あの子が家で安心して眠れている」という事実を、ただ愛おしんでみる。
明日の朝は、起こしに行く代わりに、自分のために美味しいコーヒーを淹れてみませんか。 お母さんが「自分の機嫌」を自分で取れるようになったとき、 家族の止まっていた空気は、自然と流れ始めますから。