なぜ正直者は得をするのか 藤井聡
とてもいい本なのでさらに一部をご紹介します。
”利己主義者を敗北に導くいくつかの原理はいまだに健全に社会で機能していることは間違いない。
少なくとも現時点においても利己主義者は依然として他者から疎まれており、理想の異性を含めた望ましい協同者を見つけることに失敗してしまう。
自分のことばかり考えていては、どれだけ取り繕うともそのうち他者に見透かされてしまう。
1度しか会わない相手にもその自己中心性がなんとなく伝わってしまい、望ましい関係をいろいろな人と取り結ぶことに失敗してしまう。
自分が利己的に振舞えば振舞うほど、「世界中の人々もまた利己的な存在にすぎないのだ」という誤った認識にとりつかれ、その妄想から逃れられなくなってしまう。そうなればますます他人を「道具」としてしか見ないようになり、他人の善意や思いやりを信じられなくなってしまう。
そうした付き合いをしているうちに、結局はその当の本人を「道具」としてしか扱わないような人々に取り囲まれてしまうようになる。
すなわち利己主義者は、職場でも、仕事においても、近所のつきあいでも、友人関係でも、挙句の果てには家族の中ですら、損か得かといった、いわゆるビジネスライクでドライな人間関係しか営めないようになってしまうのである。
素朴に考えてみよう。こんな利己主義な人生が、はたして「幸せ」なのだろうか。
あるいは、利己主義に基づくこんな人生が、はたして生きるに足る人生なのだろうか。
この答えについて考えるなら、次のように答える人々も決して少なくないのではなかろうか。
「正直者が馬鹿を見ることがあるかもしれないとしても、正直者として振舞わずに利己主義者として生きて、一体何の意味があるだろうか」
利己主義者は遅かれ早かれ、確実に敗北するのだ。
正直者には勝利する希望が常に残されている。
「文明の程度とは、人々の精神発達の程度なのだ」 福沢諭吉「文明論の概略」より
私たちが日本や近代文明の絶望的な状況に対処していくために何よりもまず求められているのは、日常を生き抜く「公的な精神の活力」を持ち続けることなのだ。”
最近の殺伐とした世の中に光を照らしてくれたようにも思います。
はったりかましてナンボの世の中ではないのだと教えてくれています。
正直に生きる力をもらいました。
ぜひ皆さんにも読んでいただきたいです。