仕事も落ち着いてきたところで、 芝居の話でも。

TPTの根城「ベニサンピット」で行われた
「The distance from here」は、
大学で演劇をやってたり若手タレントだったり、
モデルだったりダンサーだったりという素人+αな7人の出演者と、
キャリアのある男女2人の役者による、
ワークショップの延長のような公演と位置づけられていた。

ニール・ラビュートの本は面白く、翻訳もよく、テンポもいい。
出演者も拙い人が少なくないながらも破綻はない。

しかし、なんとも消化不良な出来だった。

主役の男の子はなかなか達者なんだけど、
場面や台詞によっては別人かと思うようなときがあって、
ひとりの人間として存在できてない。

これ、雪組「エリザベート」の白羽と一緒。

また、まだまだ素人演技の域を出ない回りの若手とからむと、
達者すぎて浮いちゃうこともしばしば。

いや、演技になってない人のほうがむしろ、
自然に存在してるように見えてしまって……。

なんだか気の毒に思えてきた。

主役の彼女役をやった女の子は、
ダンサーとしての公演は経験あるものの、
芝居はほとんど素人同然とか。

でも、これが出色の出来!

彼女が立っている場所がどんなところかって、
どのシーンでもちゃんとわかる。
それって、ダンサーという資質によるもの?
台詞は見事なまでにナチュラルだったけど、
持ち味にフィットしていたってだけのこと?
天性の素質によるものだとしたら、たいしたもんだ。


ベテランのおふたりは、この中にあってはまさに別格。
しかし、残念なことにからむ相手が少ないから、
全体をまとめ、引き締めるには至らず。


台詞の中ですごく気になったことがある。
それは、全員が「クソ!(shit)」という言葉を連発すること。
他の言葉に訳すこともできると思うのだが、
これはきっと翻訳家、演出家に意図があってのことだろうか。

しかし、出演者は皆一様に「クソ!」と吐き捨てるだけ。
その言い方が全然身についてなく、こなれてない。
だから、「クソ!」という台詞を聞くたびに、
もどかしさと違和感ががつのっていっしまった。


ひとつの芝居として観ると、決してつまらなくはないし、
出演者もそれぞれに魅力を発揮していたと思う。
なのに、残ったのは違和感。
それが狙いだったら、それでいいんだけど。

ここんとこ、なんだか、
芝居の難しさを痛感させられてばかりだ。

だから、また観にいきたくなるとも言えるんだけど。