ここは、慶喜公が晩年過ごした、静岡の庭園富士山

街のど真ん中に当時のまま残っている





日本平へ

何度も訪れた三保が見えるうお座





ロープウェイで下って、久能山東照宮へ神社

なぜ下るのか?

ここに来るためには、下から車では来れず、1159段の階段しかない





額の文字は、天皇が書いた文字を木彫りした


その下に“バク”の彫刻

バクは、中国では、金属を食べる動物と言われ、食べ尽くせば争いはなくなるということで平和の象徴らしい


馬は、日光東照宮で有名な“左甚五郎”作と伝わるが、確証がないので表示していない

ちなみに、馬小屋は五角形なのだが、ここから“絵馬”は五角形の形になったとな





創建当初は、五重塔があったが、明治の神仏分離で壊された

食用油が寄贈されているのは、家康が天ぷらを食べて亡くなったからとのこと





鐘撞堂は、鐘を外し、太鼓を吊ったことで、神仏分離を免れた


梅は、400年まえに家康が植えたものだ





日枝神社は、かつて薬師如来のお堂だったが、神仏分離で薬師如来を動かして残った


いよいよ本殿へ

屋根は、漆塗りだったが、剥がれて、緑青になった

金色は、金箔だそうだ





1本の木から掘り出した彫刻

今では作れる大工はいない





水瓶に落ちた子供を救おうために、階段から登っていては間に合わないので、割って救い出した

当時、水瓶は高価だったが、命の方が大事という意味


ヒョウタンから駒、ではなく馬

将来はどうなるかわからないという意味


忘れた煽り





拝殿の中

奥が本殿

徳川家、松平家は本殿に入れるが、大名は拝殿までで、前から石数で並んだらしい

本殿の真ん中が家康、左右に信長、秀吉が祀られている

中は三重の扉があり、ご神体が何かは、宮司ひとりしか知らず、公開されていない


拝殿の一角が未塗装

建物は完成すると、あとは朽ちていくので、あえて未完成としている





逆さ葵

4ヶ所見つかっているそうだ

これも、未完成というゲンかつぎだ





本殿の奥は、かつて武田が城を作った石垣が残っている

階段の段差が非常に高い理由は、重たい鎧を着てかけ登れないようにするためだ


家康公の墓

明治に一度開いた記録によると、中は金箔らしい





墓は、西向きで、両親の墓、岡崎、京都が一直線で結ぶ

また、ご神体が日光にあるのは、関八州の守りのためだ





静岡は、バンダイ、タミヤとプラモデルメーカーが多い

駿府城周辺に職人が多かったからだ


最後に、大好きなとろろを食してしめる


神社神社神社


東照宮と言えば日光を思う人が多く、自分も久能山は知らなかった

しかし、武田から始まり、家康公の墓があって、日光より古い歴史に思いを馳せた