相手の仕事の質や量を見るとき
他人の頑張りを判断するとき
ついつい自分が基準になってしまいます。
この時期の自分はこうだった
とか、
自分がやっていた量に比べて少ない
とか
いろいろ指摘したくなります。
ただ、それが会社や職場にとって
相手の成長がプラスになるコトなら是非いいましょう
しかし、そうじゃない場合。
成長出来なくて苦労するのは相手なので
ほっときましょう
こんな時人は、相手のためを思って
とか言いがちです。
それって100%本当なんでしょうか?
自分も含めて多くの場合
出来ていない相手を通して、
出来ていた過去の自分を正当化している。
出来ていない相手を見るコトによって
今の自分が優越感に浸れる。
そんな意識が強いと思います。
その気持ちを隠すために、そう思ってる自分を守るために
『相手のためを思って』
という言葉が今日も乱発されるのでしょう…
※これはあくまでも私感です。
データに基づくものではありませんので
気に入らない方は聞き流してください。
他人の頑張りを判断するとき
ついつい自分が基準になってしまいます。
この時期の自分はこうだった
とか、
自分がやっていた量に比べて少ない
とか
いろいろ指摘したくなります。
ただ、それが会社や職場にとって
相手の成長がプラスになるコトなら是非いいましょう

しかし、そうじゃない場合。
成長出来なくて苦労するのは相手なので
ほっときましょう

こんな時人は、相手のためを思って
とか言いがちです。
それって100%本当なんでしょうか?
自分も含めて多くの場合
出来ていない相手を通して、
出来ていた過去の自分を正当化している。
出来ていない相手を見るコトによって
今の自分が優越感に浸れる。
そんな意識が強いと思います。
その気持ちを隠すために、そう思ってる自分を守るために
『相手のためを思って』
という言葉が今日も乱発されるのでしょう…
※これはあくまでも私感です。
データに基づくものではありませんので
気に入らない方は聞き流してください。