「ふぅ~・・・」
椅子の背にもたれかかり、ゆっくりと一回背伸びをした。
「思ってた以上に大変だな・・・これ。」
煙草に火をつけ、小さくつぶやいて机の上の原稿に目を落とした。
「お疲れ様。はい、コーヒー。」
「お、ありがとう。丁度飲みたかったんだよ。」
「そうだろうと思って入れてきたのよ。」
初めて会った日と全くかわらない笑顔を浮かべ、桜は達也の隣に腰を下ろした。
「どう?順調?」
「ああ、まあね。でもまだまだ書きたい事がたくさんあってさ。」
「ほどほどにね。あんまり詳しく書かれるとなんだか恥ずかしいし。」
困りながらもどこか嬉しそうな笑顔で桜は達也の顔を覗き込んでいた。
「はは、大丈夫だよ。発売されるって決まったんじゃないんだから。」
達也は今、小説のコンクールに応募するための作品を書いていた。
そのテーマに選んだのが、あの日の出会いから今に至るまでの物語。
「大丈夫じゃないわよ。きっと入賞して発売されるって確信してるんだから。」
「そうだといいけどな。」
いろいろな偶然、悲しみ、喜び・・・それらが複雑に絡み合い、一本の道となった。
その道を1組の幸せそうな男女が歩いている。
「ねえ、今どの辺まで書いたの?」
「ん。俺が桜に告白したところだよ。」
「そっか。じゃあ3分の1くらい終わったのかな?」
「どうかなぁ、書きたい事が次から次へと出てくるからよくわかんないや。」
その道の先に何が待ち受けているのかはわからない。
様々な苦労、歩き続ける上での痛み、先の見えない不安。
「そっかぁ。いろいろあったもんね、私達。」
「ああ。書ききれないくらいにな。」
それでも二人は歩いて行く。
ゆっくりと一歩一歩、確実に前へと。
「これからもいろいろあるわよね?」
「ああ。いろいろあるさ。楽しいこともそうでないことも。」
けれど何があっても二人は歩いていく。
「うん。でも大丈夫。あなたと一緒なら。」
二人は知っているから。
「だな。一緒なら大丈夫だ。何があってもな。」
道の先に必ずあるものを知っているから。
「うん。あの日のあなたの言葉、信じてるもの。」
『俺は、お前の全ては背負っていけないかもしれない。でも、お前の辛いことや悲しいことを半分俺が一緒に背負 ってやる。そして俺の幸せを半分お前に分けてやることも出来る。
そして、一つだけ絶対約束する。
この先何があっても、俺がお前を守る。
だから、これから先の時間、ずっと俺の隣にいてくれ。』
二人の運命を決めたあの日、達也が交わした絶対の約束は二人が進む道のスタートラインになった。
「ああ、信じててくれ。あの約束はこの世界に唯一存在する”絶対”なんだから。」
この道の先に、必ず”幸せ”があると知っているから。
「これからもよろしくね。達也。」
「ああ。こちらこそな。」
そうして達也はまた原稿に筆を走らせた。
幸せのかたちを描くために。
アネモネの花が飾られた机に向かい、物語を書き綴っていく。
この小さな物語の”epilogue”であり、これからの物語の”prologue”でもある幸せな時間の中で。
真っ白に凍りついた心を溶かしてくれた、冬に咲いた満開の桜の様な最愛の人に想いをはせて・・・