私はカウンセラーとして

これまで多くの方の相談を受けてきました。
 

その中で繰り返し耳にするのが
「過去の選択をずっと責め続けてしまう」
「自分を許したいのに、許し方がわからない」
という声です。

 

今回は、そのテーマを
私自身の半生をひとつのケーススタディとして振り返りながら
考えてみたいと思います。

 

私は中学生の頃から、理由のわからない生きづらさを抱えていました。
 

常に心のどこかに違和感があり
「安心していられる感覚」が乏しかったのです。

 

振り返れば、育った家庭には機能不全的な要素がありました。
父は家庭に向き合わず、仕事を逃げ場にしているように見え、次第に家にいなくなりました。
母は感情が高ぶると強い言葉を投げつける人で、20歳の頃に言われた
「アンタなんか産むんじゃなかった」という一言は、今も心の深い部分に残っています。

 

カウンセリングの現場では
私のような環境で育った方に共通する特徴があります。
 

それは「自分を強く否定してしまうと、心の拠り所を失う」という感覚を
早い時期から体験しているという点です。

 

私自身も、幼い頃から
「自分はダメだと責めすぎると、目の前が真っ暗になり、どうしていいかわからなくなる…」
そんな感覚を持っていました。

 

20代に入ってからも、自己否定に陥らないよう意識はしていたものの
前に進んでいる実感や成長しているという感覚が得られないまま
あがき続けていました。

 

20代後半で会社員を辞め、フリーランスの映像ディレクターになります。
人間としても社会人としても成長したい一心でしたが

仕事が途切れてしまい、将来が見えなくなる時期もありました。
 

長時間労働が当たり前の放送業界で、生活は荒れ…
今思えば、自己肯定感を保てる状態ではなかったと思います。

 

30歳前後には
「この生活では結婚できないだろう」
「自分が関わった番組を子どもだと思うようにしよう」
そんな考えが浮かぶほど、心身ともに余裕を失っていました。

 

これは相談者の方からもよく聞く状態です。
「頑張っているのに報われない」「選択を間違えた気がする」
そう感じているとき、人は無意識に自分を追い詰めていきます。

 

その後、結婚と離婚を経験し
今年に入ってからは、母の介護や家族の問題に向き合うために
半年以上、仕事を休むことになりました。

 

ところが、この“立ち止まった時間”が、心の見え方を変えました。

 

ある日、友人と話している最中に、ふと、こんな思いが浮かんだのです。
「働けていない自分を責めそうになったけど、半年以上、働かなくても生きていられる。

 それは、過去にしんどい環境でも歯を食いしばってきたからだよね」

 

その瞬間、初めて
「頑張ってきた自分に『ありがとう』と言ってもいい」
そう思えました。

 

心が“防衛”(=マイナスにならないようにする)から
“回復”(=プラスにしようとする)に切り替わった瞬間
を体感しました。

 

人生を振り返った時に
「あの時に、もっと良い選択ができたのでは?」と思う場面は、誰にでもあります。
問題は、その問いにどう向き合うかです。

 

後悔が長引く背景には「納得」が不足しているケースが多くあります。
後出しで考えれば、理想の選択肢はいくらでも作れます。
しかし、過ぎ去った時間は戻りません。

 

「あの時は、自分なりにベストを選んだ」
そう認めることは、妥協ではなく、心を消耗から守る“肯定”です。

 

相談の場でも、過去を責め続けている方が
この視点を持てたときに
空気が大きく変わる瞬間があります。

 

私自身、仕事を休んでモヤモヤしていた期間に
「自分なりのベストを選び続けてきた」という感覚を取り戻しました。

 

その支えになったのが『内的対話』です。
自分の感情を認識し、否定せず、共感的に自分に声をかける。
「私は、よくやってきたね」と。

 

これは特別な技術ではありません。
しかし、意識的に行うことで、心の回復力は確実に高まります。

 

過去の自分を責める人生から
過去の自分に「ありがとう」と言える人生へ。

 

それは劇的な変化ではありません。
けれど、静かに、確実に、心を軽くしてくれる一歩です。

 

焦らず、あなたのペースで進んでください。
もし、感じたことがあればコメント欄で教えてください。