なかなか、釣れない。
でも、渓流釣りの醍醐味は諦めずに当たりをつけながら遡上すること。釣れる場所を探す事にある。
九十九折りに流れ落ちる細い流れをじっと眺める。この水流なら、てっぺんの小さな滝の先をもうちょっとだけ上がれば、きっと大きな滝口があってその手前に落ち込みがあるはず。
沈み石の脇を丁寧に流して探りながら、岩場を慎重に脚を進めていくと、なんだか懐かしい香りがする。山椒だ。山椒の枝は棘が鋭いので触れないように気をつけて避ける。
うっかり握ってしまったら棘で手のひらが穴だらけになる。
再び川面に眼をうつす。
ここ最近は雨が少ないせいか、かなり上流なのに水の透明度が低い。白く泡立つ水面が消えた先を探るように流す。
足場を固めたら、上に伸びる木の枝に投げた釣り糸が引っかからないように、慎重に弾みをつけて投げる。錘が川底スレスレを流れるように、長さを調整してから、また投げる。
じっと川面を見つめると、魚影がみえてくる。
見えない魚影が、見えるような気がしてくる。
多少の険しい岩肌も、いやむしろ険しければ険しいほど、そこは未踏の地である証。
誰かが引っかけて切れてしまった枝から垂れる釣り糸は、ここらに魚がいる証。
この大変な道の先にこそ、誰も知らない魚たちの楽園が....
ぼちぼち、陽が暮れてきた。暮れてしまったら待っているのは、真の暗闇だ。
時計を確認しながら脚をすすめる。
見えないものを、見つけようと目を凝らす。
あと、少し。あと少しだけ。
....あった。
滝壺から広がって回る渦....
ここには、きっと、いや絶対魚がいる。
夫より先に、大物を釣り上げてやろう。そしてここにいっぱい魚いるよ、入れ食いだよ、と教えてあげよう。きっと喜んで飛んでくる。ちょうどもうすぐ夕まずめだ。2人で4匹でも釣れたら塩焼きにして食べよう。あ、ここにくる道は、反対側からの方が楽そうだから、それも教えてあげなきゃ...
喜色満面、脚を踏み込んだとたん、グラっ...
あっ、浮石!!
見事に転倒。慌てて掴んだ岩が更に動く。ゴロリと脚の上に倒れこんでくる。
しまった....!
身体を捻って力づくで岩をどけるが脚に鋭いの痛みが走る。
⚠️次の写真、痛いです⚠️
....
🥲
....
痛いよ....。
何事もなかったかのように響き渡る渓流の水音。
私はため息をついて清流で傷を洗い、首に巻いていたタオルで傷口を縛ると、しばらくひとり岩の上に座り込む。
ああ、痛いな。
魚は、いなかった。
いたかも知れないけど。
私は釣れなかったし、もはやここに魚がいるかいないかなんて、私には知りようもない。その場合、魚はいた、と言えばいいのか、いなかった、と言えばいいのか....
BWの間に愛はあったのか、なかったのか、あったけどなくなったのか....
見えない....
ざーざーと響き渡る水音。
「ママ〜!!」
ボーっとしていると、娘が私を道の上から呼ぶ。痛む脚を庇いながら、半笑いで立ち上がる。釣竿を確認する。良かった、折れてない。丁寧にポケットから針留めを取り出して、絡まらないように巻きつける。
「パパが、そろそろ行こうって!」
「はーい!ねぇ、ママ怪我しちゃったぁ!!」
「ええっ、大丈夫?!上がってこれそう?お風呂はいけそう?」
「え、まずそこ?もうちょっと心配してもいいんだよ....」
光る車のヘッドライトを目指して、柔らかな落ち葉の傾斜を登る。
「温泉いけば治るんじゃない」とパパが言う。
「バンドエイドあるよ、家に」とたろちゃんが言う。
「そりゃあるでしょーよ!」とはなちゃんが言う。