直球日記。 -96ページ目

アメンバーリメンバー九州旅 ⑰

長崎港より南西約19kmの海上に位置する“軍艦島(端島)”は

周囲約1,2km、面積約6,3haの小さな海底炭鉱の島で

江戸時代後期に石炭が発見されて以来

明治3年(1870年)に開抗

明治23年(1890年)に本格的な海底炭鉱として繰業を開始し、炭鉱従業者が生活する島となりました

海面下1,000m以上の地点にて

気温30℃、湿度95%、急勾配でガス爆発などの常に危険と隣り合わせの悪条件のもと

約1,570万トンもの石炭を採掘し

約100年に渡って日本エネルギーを生産し続けてきたとされています

採掘技術の発達とともに

6回にわたって護岸堤防の拡張を繰り返し、現在の島の形状になったそうです
(約3分の2が埋め立て地とされています)

岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦“土佐”に似ていた事から“軍艦島”と呼ばれるようになりました。

当時は学校や病院、商店、映画館やパチンコなどの娯楽施設を設け、日本初の屋上菜園をされた場所でもあり

炭鉱は24時間繰業のため不夜島

常に明るく、笑い声や活気にあふれた場所とされています

昭和49年1月に閉山。同年4月に無人島になったみたいです。




 





 










世界遺産暫定リスト入りされていますが

かつての高度な建築技術には

現状において建物崩壊を守る手段がないらしく

今もなお建物が崩れているみたいです。

台風で崩れた…

3日前に壊れた…など

リアルな現状を目の当たりにしてきました。

今は“第1、第2、第3見学広場”からしか島内の見学不可

かつて5300人が住み、当時の東京都の9倍の超高密度だったみたいですが

今は鳥の住みかになっている様でした


常に死と隣り合わせで

何かのために命をかけて働く…

探炭に向かう本人も

待つ家族も

精神的にも肉体的にも

キツかっただろうな…

そんな時代

そんな場所があった事に

これからの時代のためにも

遺してほしい場所だと思いました。

つづきます

ではでは。

アメンバーリメンバー九州旅 ⑯

4日目の朝もやはり早く得意げ晴れ

↓やはり九州限定スイーツを食すの巻ナイフとフォークキラキラ


↑“トラキチ君アイス”めちゃ美味ですやんラブラブ!


“稲佐山”はよーっす晴れキラキラ

昨日はあざーっす音譜キラキラ

この日はひらめき電球


↑“ブラックダイアモンド”に乗り込み船


“軍艦島上陸クルーズ”さんのツアーに参加しましたハチ

しばしの船旅船溜め息








海上の風景ってのもまたいいもので目


⇒“女神大橋”⇒

⇒“伊王島大橋”⇒


⇒“伊王島”⇒



⇒“高島港”⇒

⇒“中ノ島”⇒を眺めながら…


⇒“軍艦島(端島)”に到着ひらめき電球

つづきますビックリマーク

ではでは。

アメンバーリメンバー九州旅 ⑮

それからハチ

海を眺めながらのナイトドライブ星空車溜め息

“長崎タウン”を目指すの巻ひらめき電球

“長崎”ゆーたら…

“稲佐山公園展望台”のー


“世界新三大夜景”観なねにひひ音譜




↑ 1000万ドルの夜景と称される星

ロマンティックな光のアートキラキラ


スゴすぎるぜ…得意げひらめき電球

3日目は

“ビジネスホテル 三幸荘”さんに宿泊ーホテル

夜な夜なお月様星


↓“思案橋ラーメン”さんの


↑“ちゃんぽん”食べてーラーメンキラキラ

3日目終了ーお月様

つづきますビックリマーク

ではでは。