僕の夢は「夢を持った子どもたち」を増やすこと。
そのために「主体的に考え、発信できる子どもを育てる」こと。
夢は主体的に考えることができなければ持つことはできない。
しかし最近はどの学校の子を見ても、意図してかそうではないのかは定かではないが、揃って教師の求める回答を言おうとする。
そう。子どもたちは無意識のうちに(あるいは意図して)それが正しいと思っているのだ。だが、そこには主体的に考えるということはなく、能動的な思考がなされているのは言うまでもない。
確かに理にはかなっている。何故ならば子どもを評価するのは教師だからだ。
その教師の求める回答を出せる子が、成績の良い子なのだから。
問題なのは、この教師が求める回答だ。
その多くが定型的な答えを求め、そこに辿り着くための道筋を見ていない。
本当に大切なのは答えそのものではなく、どのように考えてその答えに行き着いたかということではないのか?
そこを求める教育がなされないから、主体的に考えるということができない人間が増えているのではないのか?
自分の考えをきちんと論理だてて説明できる子ども(いや、大人も含めて)、あなたの周りにどれだけいますか?

