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take's sofa ~僕らの歩む道~

たけたけが綴る「人生」と「言葉」をテーマにしたblog                        言葉のソファに身を委ねてください。


take's sofa ~僕らの歩む道~


先月5日。


愛猫の 「クー」 が天に召された。


享年16歳7ヵ月だった。



中学3年の春


クーはバレーボール部の部室に産み捨てられていた。


確か他に10匹ほど子猫がいたと思う。


皆、目はもちろん耳も閉じていて


ヘソの緒もまだ付いたままの状態。


後日、獣医に尋ねるとおそらく生後2日とのことだった。



動物嫌い(猫は特に苦手)な親に内緒で


僕は自転車のカゴに載せて家に帰った。


母親はビックリしたが


あまりにも愛らしいその姿に心が揺れたのか


奇跡的に飼うことを許してくれた。



名前は 「クー」


スンナリと決定した。



初めての猫。


しかも生後2日の赤ちゃん。


インターネットのない時代だったため


飼育に関する情報が全くなかった。



生後2日というと


まだ免疫も何も出来上がっていないとても不安定な状態。


素人が育てるには難しすぎるの解っていた。



案の定、早速その日の夜からクーは体調を崩した。


血の混じった下痢。


体を触ると冷えきっている。


しんどいのか、寂しいのか、夜な夜な泣き続ける。


中学3年の僕には弟も妹もいなかったため


「子育ての手伝い経験」 は皆無。


わけがわからないながらも、数日間付きっきりで世話をした。



その甲斐あってか、少しずつ体調も回復し


1ヵ月もすると、子猫らしい姿に成長し


あっというまに我が家のアイドルとなった。



獣医には


「産まれて間もない猫を育てるのは本当に難しい。


よく頑張ったね。」 と言われた。

そこからはみるみるうちに大きくなり


家中を走り回るようになった。



高校に入り、ちょうど多感な時期だった僕は


一人になりたい時間が欲しくて


クーが部屋に入ることを嫌がったりもした。


布団に潜りこんでくるクーを追い出したり


ドアを開けようとするクーを無視したりした。


今思えば、酷いことをしたなと思う。


それでもクーは僕に懐いてくれていた。



高校3年になり、両親が別居したのを機に


クーは母親のもとに引っ越した。


それからは会う機会が減り


クーにとっての 「親」 は、僕から母親に変わっていった。



ここ数年はあまり構ってあげられなかったけど


母親はずっと我が子のように可愛がっていた。



先月末、母親は重病で入院したが


その間も


「クー大丈夫? 餌食べてる? 薬飲んでる?」


と、自分のこと以上に気にかけていた。


そんな最中、クーの容体は悪くなる一方だった。



「クーが死にそう。」


姉から連絡を受けたのは5日の朝。


僕は適当な用事を作り、職場を飛び出した。


昼過ぎに家に着く。


継父が悲しそうな顔でこう言った。


「クー、アカンかったわ。」



恐る恐る近付いてみると、クーは目を開いたまま冷たくなっていた。


びっくりするぐらい痩せていて


「デブ猫~!」 とからかっていた頃が嘘のように思えた。



「しんどかったな、お疲れさま、ありがと。」


そう言うとジワーと涙が溢れてきた。



その二日後


クーの葬式をした。


大好きだったバター付きのパンとプリンを口に塗り


感謝の手紙と一緒に火葬した。


母親は参列できずに辛そうだったが


僕たちでしっかり見送ってあげた。



クーがあの日僕に拾われて


そして育てられて


母親のもとに引越して、最期を迎えて・・・


それが一番幸せな生き方だったのかどうかは解らない。


野生に生まれた動物を連れて帰ったこと自体


正しかったのかも解らない。


ペットという概念は人間のエゴだとも思う。


でも


クーが僕たちに与えてくれたものは計りしれないほど大きい。


ペットが死んでしまった悲しみは


飼ったことのある人にしか解らない。


この感情もペットが遺してくれた大切なもののひとつだ。



母親はクーの死後、悲しみに更けていたが


ようやく乗り越えたみたいだ。



母親の家にはクーの他に、チーという猫もいる。


これからはチーが、クーの分まで長生きして


母親たちを癒してくれることだろう。




次の休日


クーに手を合わせに行こう。


そしてチーに会いに行こう。