㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ドアがバタンと閉まる。駆け寄ってくるユンシクにユニも数歩走った。躓いてよろけて、ユンシクに体当たりして受け止めてもらっていた。何か一言二言、ユニはユンシクの手を引っ張ってマフラーが落ちているところまで一直線。拾ってはたいて、丁寧に半分に折って、ユンシクの首に巻きなおして。
転びかけたユニを抱き留めた以外、ユンシクはユニの為すがままだった。ユニが手を引っ張り始めると、一瞬振り向いてジェシンにかすかに頷き、また素直に引かれていった。背中が喜びに膨らんでいるように見えて、ジェシンはハンドルにもたれたまましばらく眺め、マフラーを巻きなおし始めたユニを確かめると静かに車を出した。
緊急の迎えはいらねえな、と分かった。大丈夫だ。ユニは家族の元に戻れる。皆待っていてくれたことを今日、ひしひしと感じるだろう。
腹が減ったな、と思った。昨夜からユニの部屋に泊り、一緒に出てきたから朝食はしっかり食べている。男の一人暮らしの食生活のいい加減さとは違い、ユニは朝をしっかりと食べる生活をしているから、ジェシンも自然にそれに慣れた。ユニは食生活体験をしてから雑穀米にはまり、勿論粥ではなくちゃんと炊くのだが、雑穀や麦、時には豆類を混ぜたご飯を朝食にしている。毎回炊くのは大変だから、茶碗一杯分を小分けして冷凍しているが、ジェシンがいる時は炊き立てを出してくれることが多い。今朝は緊張していたのか早く起きたユニ。おかげで朝食も早かった。
スマホが鳴った。着信だった。また車を脇に寄せて相手を確認すると、母からだった。
「はい、母さん。」
『ジェシン、今日は帰ってこないの?』
「明後日戻るつもりにしてた。」
『お仕事があるの?』
「俺の部署は流石に休みを貰えたよ。」
『じゃあ、少しでいいから顔を出さない?ヨンシン達ももうすぐ着くの。』
「あれ?兄貴たち今日だったっけ?」
『そうよ。なんだか報告することがあるって、ヨンシンとアンナさんが・・・。ジェシンもいてくれたらみんな揃うからうれしいんだけどってお父さんに言ったら、連絡してみろって言うから。』
「俺がいてもいいなら、別に今から行ける。車だし、一旦部屋に帰って飯でも食おうかって思ってたところだから。」
『そう。ご飯なんかいつでも食べに来たらいいのに・・・。ちょうどお昼を一緒にとれるでしょ。来なさいね。』
「うん。そうだな・・・道混んでるけど30分ぐらいかな。」
『ヨンシンもまだ出たところらしいから急がなくてもいいわよ。』
同じくソウル市内に住む兄夫婦にもしばらく会っていない。兄弟なんかあっさりしたもので、用事がなければ何の連絡も取らないものだと大人になってよくわかった。仲が悪いわけではないが、年が少々離れている兄のヨンシンとはやはり人生におけるステップがずれるので、結婚して数年たつ兄とはなかなか会うこともないのだ。
ジェシンの方が先に到着した。テーブルの上にはすでにオードブルなどが並んでいる。父は新聞を広げたまま、元気なのか、とだけ一言聴いた。はい、と返事をしたらそれで会話は終わりだ。ソワソワする母の様子から、兄夫婦の話の内容がなんとなく分かって、くすぐったい気持ちになった。今日はヨンシン達泊まるのよ、と嬉しそうな母に、ジェシンは適当に相槌を打ちながらガレージのシャッターを開けにいった。そんな事だろうと、ジェシンの車は家の前に寄せて停めてある。ガレージの壁にあるシャッターの開閉ボタンを押して上がっていくのを眺めていると、ぴっとクラクションが鳴らされた。少しかがんで外に出ると、兄が運転席で笑っている。隣には兄の妻のアンナがにこにこと手を振っていた。
兄の駐車を見守り、シャッターを今度は閉めるためにボタンを押してから、兄嫁のために車のドアを開けに言った。あら、と言いながら出てきたアンナがシャキッと立つと、今日の大事な話についてはもう説明いらないほどよくわかった。
少しだけ膨らんだおなか。兄夫婦が親になる日が来たのだ。