㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「びっくりしたんです。顔出しのない作家にファンレターはまだしもプレゼントが届くなんて思わなかったから。最初の本、著者近影のところにはワンちゃんの写真を載せたんですけど・・・。」
そうだった、と最近デビュー作を読み返したばかりのジェシンも思い返した。きょとんとした顔のハスキー犬が著者近影だった。最近近所で散歩している犬の種類を調べるのがマイブームです、なんて書いてあった。
「その時は犬のぬいぐるみをたくさんいただきました。あれがそう。」
飾りの少ないユニの部屋だが、棚の上に一体だけハスキー犬のぬいぐるみがちょこんと座っている。ちょこんと、とは言っても50センチぐらいあるだろうか。首元にブルーのサテンのリボンが蝶ネクタイのようになっていて、瞳の色とよく合って愛らしい。
「あれが第一号のプレゼントなんです。それは頂いたんですけど、次々に届くので、さすがに全部頂くキャパはなかったんです。オンニは欲しいものだけ取ってあとは寄付でもしましょう、って言ってくれたんですけど、好きなものだけ取る、っていうのが引っかかって。皆さん私のことを思って贈って下さっている気持ちは平等でしょうし、こちらが何が気に入るかなんてオープンにしていないんですから、逆に私が気に入る気に入らないっていうのは変、って思って。それにどちらにしろ絶対に全部は自分でどうにもできないんです。それならはっきりと、いただくものは寄付します、と決めた方がいい、そうオンニにお願いして、寄付の方向を相談したんです。」
「そうやって公表してても贈ってくるんだなあ。」
「寄付先が分かるからいいのかもしれませんね。」
ユニイが寄付する先は何がどれ、と一つずつはさすがにできないが、今月、もしくは数か月分単位で、出版社の小説雑誌の片隅に載せられている。ユニイもそこに御礼の言葉を短く載せる。そういう形が決まっていた。
「先輩にもご面倒おかけすることになります。」
「いや、受け取ったら俺には報告が来て、一応確認するだけだから。」
生花は、最近は好きな花を選んでいい形のものがいわゆる番号で送られてくることも多い。逆にそれが増えたように思う、と担当のものが言っていた。花を直接、なら枯れる心配があるが、この形だと欲しい時に(期間はあるが)頼める利点がある。物によっては鉢植えでもいい時があり、観葉植物などを役所などに寄付できたりする。そういうところは、ユニイと出版社の名を寄付者として札につけてくれることが多く、おそらく読者の中にはそれを楽しみにして贈っている人もいるのではないかと担当者は笑っていた。
編集部の事務と広報部がこれには関わってくれている。ジェシンは記者から編集者となって、逆に社内での人のつながりが増えつつある、とユニに語り、そんなものなんだ、とユニも感心していた。
「しかし、どうしてそのぬいぐるみはもらったんだ?」
ジェシンがハスキーを指さすと、ユニは少し照れた。
「本当に・・・この子、初めて頂いたファンからのプレゼントなんです。うれしかったの。オンニが持って来てくれて、今日届いたのよ!って・・・。それからこの子はうちの子になりました。」
ジェシンはしばらくはユニイ関係の仕事は、発売されたばかりの本の売れ行きの動向を把握することと、撮影が続いているドラマの宣伝の管理が主になった。ユニイは小説雑誌への連載は不定期にしかしない。こちらが頼むこともあれば、ユニイが書いた短編を見て掲載を決めることもある。どちらかと言えばどん、と一冊出版するタイプの作家で、その辺りのスタンスはなんとなく決まってしまっているらしい。今はそれもないし、ジェシンは自分の編集者としての勉強と、ユニイの今後の予定と自分の役割を擦り合わせる時間となっていた。
そんな中、ユニの前担当者が出産したというニュースが入ってきた。安静を心がけた結果、帝王切開で元気な双子の男女が生まれたといううれしい知らせだった。彼女の動向は、『ワーキングママの子育て日記・産前』として、子育て世代の女性向けの雑誌ですでにエッセイとして載り続けている。勿論書いているのは当人だ。
そのニュースについて相談がある、とユニから連絡が入ったのは、編集部で缶コーヒーで乾杯して祝ったその日の夜だった。