ふと、指導の在り方について考える。
私は「理不尽」とも思えるような厳しい練習こそが、選手を強くし、自律心を育てると信じている。
しかし、その想いが強すぎて、つい言葉を重ねてしまうことがある。
諦めかけた選手に叱咤し、できた選手には「次はもっといける!」と未来を要求してしまう。
でも、本当に大切なのは「句点(。)」を打つことなのかもしれない。
「今の泳ぎ、良かったぞ。」
そこで言葉を止める。
「だから次は…」と続けずに、沈黙という「句点」を置く。
その「ちょっとした間」があるからこそ、選手は自分の頭で考え、今の達成感を噛み締め、「次はどうしようか」と自らの足で歩き出せる。
句点がなければ、選手は振り返ることさえできず、ただ流されてしまう。
指導者が未来を決めるのではない。選手自身が決めるのだ。
その当たり前のことを、改めて考えた。
苦しさを乗り越えた先にある、本物の「達成感」という景色を、選手たちに見せてあげたい。
誰のために、厳しくするのか。
誰のために、句点を打つのか。
