今回は、仙台市博物館で開催されていた企画展についてです。

 

 

「戦国の伊達氏~稙宗から政宗へ~」

 

全ての展示物の中からの一部を記載しています。

・梵天丸から政宗という名に変わった時の名前の元になった人物

 9代目 伊達政宗(1353~1405)

  8代目伊達宗遠の子

  名取郡の南側や宮城郡・黒川郡・志田郡の一部など、現在の宮城県中部まで勢力を拡大した当主とされる。これらの領域は、戦国大名伊達氏の領地とおおむね重ねっておりその礎を築いたと理解される。明徳元年(1390)成島八幡宮(山形県米沢市)の門と神殿を造営している。死後は、刈田郡湯原(七ヶ宿町)に葬られたとされている。

国宝 

    伊達輝宗の書状⇒上杉謙信宛

    天正4年(1576)7月28日

   ※上杉謙信が越中(富山県)・能登(石川県)を治める畠山氏の領地へ攻め入るため出陣したことをねぎらい、鷹を贈ることを伝えている書状

・重要文化財

    黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用

    鉄製の六十二間筋兜に弦月型の前立てを立てる

    胴は、黒漆を塗った五枚の鉄板で構成される五枚胴である。

   ※この形式は、仙台胴と呼ばれ歴代藩主や家臣達がこの形式の具足を身につけたとされる。

   ※前立の月は、伊達家の旗に表される太陽と対になるように伊達輝宗が定めた。

    前立て⇒薄い木の板に金箔が貼られ、弦月と呼ばれる細い月の形

    重さ⇒兜 2.5㎏ 胴 13.7㎏ 

        兜+胴⇒21.2㎏

※その他にも、重要文化財ではないが、

    紫糸威胴丸

    伊達政宗が若い頃に用いたと伝わる具足

    本小札を紫糸でも引威した胴丸

    草摺は、12間 5段下がり

 

17代目 伊達政宗(仙台藩初代藩主)について

      永禄10年(1567)-寛永13年(1636)

      本拠⇒米沢城・黒川城・岩出山城・青葉城

      父⇒輝宗 母⇒最上義守の娘 義姫

      正室⇒田村清顕の娘 愛姫

      子⇒秀宗・五郎八姫・忠宗等14名