4月27日、護摩祈祷会の炎が、龍に見えるという太良嶽山金泉寺に行きました。

ずっと前から行きたかったのですが、車を運転しない私は、連れていってくれる人がいないのと、車を降りてから少し登山しないといけないのとで、一緒に行ってくれる人がおらず、なかなか来れずにいました。

でも今回、「護摩祈祷が好き❤」と言ってくれた友達のHちゃんが、運転してつれていってくれることになり、平成最後の護摩祈祷会に参加させていただくことになりました❗




車を降りて、プチ登山なのですが、山のなかに入った瞬間、

「なつかしい。なんか、帰ってきた感じ。」

すると、Hちゃんも、

「ねえ、私たち、昔二人でこの山歩いとった気がするよね?」

「二人で、修験しっとたかも❗」

など、不思議なことを言いながら、登っていました。






このところどころにある岩磐が、いい感じです!





なぞな、源頼朝の遺髪塚。


金泉寺に着くと、山小屋を管理される方が、

「護摩の準備が整うまで、山小屋で休んでいったらいいですよ。」

と言ってくださり、コーヒーを勧めてくださいました。小屋では、3人のおじさんたちと、NHKテレビの「日本三百名山」で、田中陽気さんが、この山小屋に泊まったことや、新しくできる道のこと、「森の妖精」と呼ばれる、「やまね(山鼠)」の生息が確認されていたから、今までは道が作られなかったのに、その道が作られたら、「やまね」がどうなるのか、といった話をしていました。

ふと、この方々と会ったのは、今日が初めてじゃないような、不思議な感覚にまた落ちていきました。

コーヒーのカップを山小屋の裏の水道で洗いながら、Hちゃんも、同じことを感じたというので、ますます、今日は里帰りなのだと思いました。



11時になり、いよいよ、護摩祈祷が始まりました。



私たちは千手観音様の前の、太鼓の真後ろに座らせていただき、3人のお坊さま、参会のみなさまと声を合わせて「般若心経」を繰返し唱えました。

「ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー」のところが好きで、お経を唱えることに、一心不乱に集中します。

太鼓のリズムと共にどんどんスピードが加速して、グルーヴ感が増してきます。その場の一体感。これはライブ会場のノリだー。

唱えたことのないマントラが、なぜか口をついてでる。

観音経、ああ、これは法華経?めっちゃ心地いい。

南無大師遍昭金剛のリピート、南無太良権現のリピートのとこでは、感極まって泣きそうになるし、この感覚一体なんでしょう‼


そして、炎のなかに、龍を見ました。




祈祷が終わり、3人のうち、長崎市出雲町の弘仁寺のご住職が、説法をされました。


般若心経では、「空(くう)」を説いています。私たちの体も、物も、お金も、「もらった」のではなく、「借り物だ」ということです。元々「空」なのだと思えば、執着することなく生きていけるのです。

そして、私たち二人が千手観音様に見入っていると、元禄時代、諫早氏のお姫さまのお糸のかたが中国から取り寄せたものだということを教えてもらいました。鎖国の時代に、小さな藩の姫様が、幕府の厳しい統制の中、どうやって取り寄せたものか。

その裏には、長崎がキリシタンを厳しく弾圧するために、仏教の力を強めようとした、幕府の意図があるように感じます。

「大村純忠は、ここ、金泉寺で得度しました。」ご住職が続けます。

キリシタン大名で有名な大村純忠は、生き延びるため、大村から太良嶽の山中に逃れて、仏門に入ったというのです。この話は長くなるので、いつかまた。




女性のような優しいお顔と、しなやかな指先。元禄時代の中国といえば、清の時代の作品。珍しい作りです。

この金泉寺も、キリスト教徒によって焼かれ、本尊は、住職が山の麓の神津倉の方にもって逃げ、別院に安置していました。千手観音の方は 、近年、山小屋の隣に本堂が再建され戻ってきましたが、不動明王像は、諫早市の美術館に展示されているそうです。春と秋の大祭の時だけ、戻ってくるそうです。


思えば、昨年から空海に導かれるようにして、その足跡をたどる旅を続けてきましたが、その中で龍を見つけたり、長崎の、触れてはいけないような、ダークサイドの歴史に出会ってきたような気がします。でも、今日、女二人で感じたことは、


今の時代の、この平和な日本に、自由に動ける女性として生まれてきて、よかった。



修験の場である長崎の山々は、昔は女人禁制でした。そこに、今の時代は登ることができます。

川原大池で龍となって、のちに祀られ文珠菩薩となった阿池姫。
江戸時代、領民のために仏像を取り寄せたお糸の方。
幕末に、彼杵茶を輸出することで財をなした、お慶さん。

去年の旅ではいろんな女性に出会いました。

自由に動ける私が、歴史の裏話に埋もれていった女性や、名もなき人々の声を聞き、伝えていけたらいいです。


金泉寺からの帰り道、海道という道を通って、小長井の、「おがたまの木」を見に行きました。

樹齢千年の、日本一のおがたまの木。



この木は、古くからその葉を榊として神事に使い、心霊を招く、「招霊(おきたま)」が転じておがたまの木というようになったという説があります。

日本一のおがたまの木。さすがに神気がすごいです。

でも、、、。

「この木は女の人だね。」「そうだね。優しいね。」

二人とも、また同じ感覚になっていました。


私たちは、さっき、途中で偶然見つけた湧水を、新しい若い葉にかけました。




そして、朝、早起きして結んだサトケンさん直伝の「氣愛のおむすび」を、おがたまの木を見ながら食べました。能登半島からきた自然農のお米と、伊勢の二見ヶ浦の塩と、有明海の海苔。

米、水、塩、榊。すごい、大人の遠足は、神社ごっこだ。



今日の大人の遠足は、なつかしい、子どもに返った感覚遊びでした。

大人になって、童心にかえって、緩かに、何の損得もなくただ、無邪気に笑い会える友人ができたことにほんとうに感謝です!ここまでつれてきてくれてありがとう!




太良嶽は、多良岳とも書きます。

今日、山ですれ違ったおじさんの言葉が忘れられません。


「平成最後に、いい山に登ってよかったね !」

「え ?」

「多良岳は、良きことが多い、でしょ。」

「あ、多、良、、、。良いことたくさん!ほんとですね!ありがとうございます!」


たら。素敵な言霊をいただきました。









樹齢千年の木の近くに、太陽の光を浴びて、新しい木の新芽が伸び、葉を大きく広げていました。

子どもたちも、また、千年続く太陽の国、日本をつくるため生まれてきています。この若木のように。

古い価値観で、押さえつけることをしない。私たちも幸せに自分自身の人生を幸せに生きて、その生きざまを見せるだけでいい。未来は。子どもたちの力を信じて。





平成の良き締め括りができました。令和はどんな幕開けになるのでしょう。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。