私たちが、行っているディスカッションはできるだけ、ブレインストーミングという方式に則った法則で話すようにしている。
ブレインストーミングとは、相手の意見を否定しない。(ここに少し問題があり、今日のブログにしました。)
量より質。いい意見を言う必要はない。(例え相手が的外れなことを言ったとしても、それもそういう意見なんだと尊重する)
お互いの意見をできるだけ、近づけていき、妥協点を見つける。(これが、この方式の一番面白いところ)
でいつも話しているつもりでいる。
しかし、私たちは、それぞれ我が強いので、自分の個性を前面に出して討論(ぶつけ合う)時がある。
その中で、「そんなことを言ったって、しゃーないやん!」や、「他人なんてどうでもいい。」という強い言葉を使うことも多々ある。
自分で、『自分と他人。』、『身近な人と、周りの人。』という線引きを決めているため、他人を排除するような言葉も飛び交うのである。
しかし、このブレインストーミングをする上で、そこが何かいつもイライラするところであるのも事実だった。
そして、私は、なぜイライラするのだろうと、考えてみた。
私は、タクを尊敬している。
しかし、他人を尊重してない。つまり否定している。
社会で生きているので、他人は欠かせない存在である。
しかし、それを排除しようとしている。
→これは、つまりブレインストーミングの誰の意見も否定しないに当てはまらないのではないか?
それで、私は、タクと話して、これから、言葉や、言語化しなくていいから、先ほどの言葉を使うときは、「相手と、自分は違う。しかしそういう意見もある」だから「しゃ〜ないやん」、「どうでもいい」(「仕方ない」)というふうに、思うことでもっと相手を尊重できる気がしました。
自分の中に、毒を持つのはいいことだと思います。しかしその毒を周りにかけていては、誰も近づいてはくれません。
まずは、感謝。そして尊敬。どんどん人を好きになり、そして、その意見を知ることによって自分も気づかない新しい未来が見えてくると思います。