髪結新三の暮らした町を歩いてみることにしました(^^)v

まずは白子屋のありました新材木町
現在の日本橋掘留町一丁目
材木屋さんは1件もないですね(‥;)
新材木町を記すもの・・・
ありました(^^)v

出世稲荷の案内板に新材木町だったことが書いてあります

当時は名前のとおり材木商が多かったことに由来します
白子屋も材木問屋、立派な店構えですが実情は火の車、ですから持参金の沢山ある婿取り話に飛びついてしまったのですね
お熊のため百両を出すと思った新三は見込み違いだったようです
ついでに、弥太五郎源七の暮らしている新乗物町も日本橋掘留町一丁目に統合されています
乗物、つまり駕籠を作る職人が多かったからついた町名だそうです

続きまして永代橋

新三の後を必死で追う忠七
元はと言えば新三が持ちかけた駆け落ち話し、縋る忠七を永代橋までやってくると突き放します
新三は最初からお熊を拐かすつもりでした
途方にくれ、大川へ飛び込むところを源七に助けられます
現在の永代橋は大正15年に架けられたものです

平成19年に国の重要文化財にも認定されています

そして新三の長屋、深川富吉町
永代橋を渡り直ぐに右手一帯が八町からなる「深川漁師町」
その一つが富吉町ですが・・・
どの辺りかわかりません

公園に当時の地図と案内板を見つけましたがここではサラッと
では、後ほど(^^;

最後は閻魔堂橋
源七が新三に仕返しするため待ち伏せしています
近くに閻魔堂があるので閻魔堂橋
実際の橋は富岡橋と言う橋
現在、堀は埋め立てられ面影は全くありません
草むらにかろうじて橋の支柱が残っていました

せっかくなので閻魔堂のある法乗院に立ち寄ります

こちらにはハイテク閻魔さまが鎮座されています

家内安全の他、健康、恋愛、金運など19種のご祈願に対しお賽銭を投入すると、仏様より様々な説法を聞ことが出来るゑんま像があります

さて、閻魔堂から歩くこと10分
江戸深川資料館にやってまいりました
ここには江戸時代の深川の街並みが原寸大で展示されています

嬉しいことにお店や長屋にあがることもできるんです
何がやりたいのか・・・
長屋にあがり小判を並べてみました

「ひぃ・ふぅ・みぃ・よつ・・・
 いい色だね
 儂ゃこの色がでぇ好きだ
 新三も好きか?
 上が10両、下が5両
 10両と5両で15両
 鰹は半分貰ったよ」
これがやりたかった(^^;




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