岸井ゆきのさんが朗読する
オーディオブックのために書き下ろされた短篇集。
じわじわとこわい春のある場面。
いまとなっては
コロナの初期の不穏な気配は思い出すのも覚束ないが
まさか2年半後のいまこんな緩んで捻じれた感じになっているとは
想像もしていなかったな。
21世紀の感染症は最小のダメージで乗り越えてきた日本だから
まさかこんなことになるなんて想像してなかったよ。
危機は身をもって経験しないと実感できない愚かな人間。
それはさておき
感染症が広がって酷いことになっていても
日常は相変わらず営まれるわけで
日常とくればもちろんいろいろなごたごたはあって
サイコなホラーもそこここにある。
メディアで報道できる情報量は限られているので
感染症がなければニュースになっているはずのことが
あたかも存在しないみたいになっているけど
そんなことは当然なくて
ひと知れず
っていうか本人だけは知っている。
ぼくがいちばんこわかったのは
娘について。
親身になっているからといって
すべて受け入れられるわけではない。
努力していない素の魅力っていうのがあるのは事実だけど
それがそのまま評価されるのはどうも不当な感じがする。
恵まれない環境で努力する才能のある者は
えてして
恵まれている環境で努力をしない者を見くだす傾向がある。
恵まれている環境で努力をしない者が
報われない状態のときは
余裕のある慈悲の感情もわくが
運よく報われはじめるとたちまち恨みの対象になる。
この捻じれこの歪み。
巧妙な陥れ。
相手は気づいていなくても
自分の内面にあるこのこわさを自分は見逃してくれない。
川上未映子さんの作品は
内容とは無関係に
文章そのものが心地いいので
朗読にはうってつけだと思う。
ーー春のこわいものーー
川上未映子