このまま持っていても仕方がないので、パンフレットのような冊子を茶封筒のなかに戻し店主に返そうとした。しかし店主は受け取ろうとしない。
「先ほどの電話の方がこれをあなたに渡すようにとおっしゃっていましたので」
主任がそんな指示を? なぜ?
なんだかこの喫茶店も居心地が悪くなってきた。パンフレットのような冊子が入った茶封筒をテーブルの上に置いたまま喫茶店を出ることにした。
店主に代金を支払う。
店内に響くピアノの音はいつの間にか激しさを増し、オーケストラの演奏とともに繊細な調和を保ちながらせめぎ合っていた。
からんからん。音を立ててドアを開け、通りに出ると、すぐに女性があとを追ってきた。
「お忘れですよ」
追いつかれまいと早足で歩く。彼女は小走りで近づいてくる。ハイヒールの硬い音が小刻みにアスファルトに響く。
仕方がないので振り返る。
「それは忘れたのではなく置いてきたのです」
「でも…」
彼女は口ごもりながらも何かを言いたそうにしている。
「でも、何ですか?」
「これはあなたに必要なものだから」
「いや、あなたはさっき、見ない方がいいと言ったのではありませんでしたか?」
「そうですがあなたは見ました。見た以上はもうこれを無視することはできないのです」