よく見る気にはならなかったが、バケツの中には何か生き物がいるような気がした。かえる? たがめ? ざりがに?
向こうからこどもたちが数人で走ってきた。バケツを見て歓声をあげる。
あーっ、あったあったー、よかったー、まじでなかったらどうしようって思ってたー、きのうつかまえたひるー、まだ生きてるかなー?
ひる。ひるか。そうか。それは候補に入ってなかったな。この子たちはひるなんか捕まえてどうしようっていうんだろう。
水を張ったばかりの田んぼに、朝の光が反射して、鏡のように空と雲とを映し出していた。
駅の前まで来るには来たが、どうにもこのまま電車に乗る気にはなれず、駅の向こう側にある喫茶店に向かった。
古びた喫茶店。からんからん。乾いた鈴の音を立てながら扉を開けると、朝から疲れたような顔をした店主がちらりとこちらを一瞥し、軽く会釈をした。
客は誰もいない。ほのかに音楽が流れている。プロコフィエフのピアノ協奏曲第五番ト長調作品五十五。好きな曲だからすぐにわかる。寓話的でおちゃめな作品。皮肉も利いている。この喫茶店の雰囲気に合っているのかどうかはよくわからない。ちぐはぐな印象もなくはない。