初夜 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

初めて読むイアン・マキューアンさんの作品。

これはおもしろい。

心理描写が超細密。

登場人物自身でさえ気づいていないであろう心理の流れが
ときに意地悪なくらいに丁寧に繊細に描かれる。

もしも自分自身の心理を
ここまで誰かに見透かされたらそうとうつらい。

けれども同時に
分析して自分にだけこっそりと教えてほしい
という気持ちもちょっとある。

原題は
On Chesil Beach

1962年の英国。

歴史学者を目指すエドワードと
若きバイオリニストのフローレンス。

ふたりは結婚式を終え
原題になっているチェジル・ビーチのホテルで
初夜を迎える。

性の解放が叫ばれる直前の時代。

ふたりがベッドをともにするのはこの日が初めて。

しかしそこで決定的な事件が起こる。

美しく残酷な物語。

途中までは
純粋すぎるふたりに滑稽ささえ感じながら読んでいたが
だんだんエドワードが自分に重なり
フローレンスがあのひとに似ているように思えてくるから不思議。

環境も何もかも全然似ていないはずなんだけど。

若い男のセックスに対する衝動は
まるで自分のなかで猛獣が暴れるようなもの。

エドワードはかなり理性的に抑制しているが
それでもどうしても
恋人との関係性においては重要な要素になる。

若いエドワードとフローレンスに教えてあげたい。

セックスへの激しい衝動なんて
長い人生から見ればほんのわずかな期間のものだよって。

それのせいでふたりの関係がおかしくなるなんて
ほんとうに残念なことなんだよって。

はっきりいって性の嗜好なんて
時とともに変わっていく。

それはセックスの嗜好だけじゃなくて
そもそも人間っていうのは変わらないようで変わるもの。

とはいうものの
やはり若いふたりには理解できないだろうな。

どうでもいいことだが
いまでも結婚するまで処女とか童貞とかいう
そういうひとたちはいるんだろうか。

まあいないことはないんだろうけど多いのかな。

多いかもしれないな。

どんどんみんな淡白になっているっていうしな。

それと
クラシック音楽に携わる女性や男性は
一般的に性に淡白なものだというイメージを抱いているのは
ぼくだけだろうか。

パッションがすべて音楽に注がれているせいで
セックスにまでエネルギーが残っていないっていうイメージ。

出会いのシーン
交際のシーン
唯一のベッドのシーン
浜辺のシーン
のどれもが印象に残っている。

浜辺のシーンでのフローレンスの告白が胸に迫る。

21世紀のいまならそんなに突飛な提案でもないように感じるが
当時のエドワードにはこれ以上ない侮辱だっただろう。

浜辺での口論の様子も身につまされる。

口論がエスカレートしていくと
絶対に言ってはいけないことや
ふだんそれほど強く思っているわけでもないようなことを
ついきつく言ってしまうという。

その後のエドワードの人生の描写もあって
それがまたよかった。

あの初夜の後のフローレンスの人生について
妄想を膨らませるのもたのしい。




--初夜--
イアン・マキューアン
訳 村松潔