食べられる月 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

旬を逃してしまったけれども

皆既月食の水曜日

ぼくにはあいにく所用があって

午後7時から月の見えない屋内に留まることになっていたのですが

それまでの30分くらいは時間があったので

そこらへんのなんでもない空き地のフェンスの前に立ち止まって

東の空を見やっていました。


逢魔が時を過ぎた夕暮れの駅前では

帰宅を急ぐひとたちが忙しなく行き来しています。


格好のビューイング・スポットでもなんでもないので

そんなところにぽつんとひとりで佇んでいると

少しばかり怪しい人物感が漂っていて

幾ばくかの気恥ずかしさを感じずにはいられないのでした。


しばらく欠けていく月を眺めていると

自転車に幼児を乗せた若いママが

ぼくの近くにとまりました。


場違いで怪しげなぼくの視線の先を追って

ぼくが何を見ているのかに気づいたのでしょう。


――そういえば今夜は月食だったわね。


幼児がママにききます。


――月食ってなに?


――ほらみてごらんなさい。お月さまが少しずつ小さくなっていってるでしょう?お月様が地球の影に食べられちゃってるのよ。


――お月様は食べられてなくなっちゃうの?


――あらごめんなさい。ママの言い方が悪かったわね。お月様が食べられちゃうっていうか、その、なんて言ったらいいのかしら・・・


欠けていく月を眺めながらこのやりとりを耳にしつつぼくは思う。


だってネーミングが「月食」なんだから素直に月が食べられるって説明しちゃうよなあ。ママ、あなたは悪くないですよ。それにしてもぼくだったら幼児になんと説明するだろうか・・・


ふと気づくと

なんでもないふつうの街の片隅に佇むぼくのまわりに

月を観るために足をとめるひとが目立ってきました。


ひとがいるところにひとが集まるっていう現象。


時計を見るともうすぐ午後7時。


さて

赤銅色の月が見られるまでにはまだもう少し時間がかかるけれども

それはもうあきらめて約束の場所へ向かいましょう。