冷たい朝。ちょっとした所用があり、車で出かける。空は快晴。青が透き通っている。車のラジオからは昨日聴き逃したきらクラ!が流れている。BGM選手権スペシャル。ふかわりょうさんの朗読は太宰治さんの走れメロスからの一節。4つのシーンに合わせるクラシック音楽。リスナーの応募のレベルが高い。なんだこれは、と唖然とするほどに完成度の高い選曲の連続で、まるで往年の名作ヨーロッパ映画の音声を聴いているよう。もはやぼくなんぞでは手も足も出ない。いつかふたたびチャンスは訪れるか。
中途半端に空き時間が出来たので、コンビニの駐車場に車を停める。カップのダージリン・ティーを注文する。レジで支払いをしていると視界に艶やかな色彩が飛び込んできた。店の入口の自動ドアの向こうに晴れ着の女性。そうか、今日は成人式だったか。近づいてくる女性に視線は釘付けになる。振袖姿の女性はそもそも華やかなものだが、その彼女は特にきれいだと思えた。黒髪、ロングで前髪は目の上で揃っている。ポインセチアも道を譲るような深紅の振袖は、袂と裾だけが黒く染められている。深紅と黒のコントラスト。いつまでも見つめていたい気持ちをぐっとこらえて、店員から受け取ったダージリン・ティーのカップを持って車に戻る。
ダージリン・ティーからは爽やかなおとなの香りが漂い、手にはそのぬくもりが伝わってくる。停めたままの車のフロントガラスの向こうにはおだやかな青空がひろがる。飛行機が飛んでいる。あちらの方角は空港だったな。離陸したばかりの旅客機は大きく旋回し、180度反対の方向に向かって高度を上げていく。飛行機に乗ってどこかに行きたい気分になる。視線を落とすと、片側1車線の道路を隔てて洗車の専門店があった。暇そうにしているスタッフ。しばらく眺めていると車が1台、その店に滑り込んできた。すぐに洗車が始まる。なんと作業は4人がかりで始まった。2人が2本のノズルで洗浄剤入りの水を噴射し、あとの2人が手早く車体を拭く。あっという間に洗車が終わる。たしかに速いけど4人もかかってすることか、という思いと、きびきびと手際よく作業を進めていてけっこう気持ちいい光景かも、という思いが交錯する。
そういえば先ほどの振袖姿の女性が、なぜあれほどまでにぼくの注意をひきつけたのかがわかった。見慣れた振り袖姿は髪を結いうなじを見せているものだが、彼女はまるで市松人形のようにうつくしい黒髪を無造作におろしていた。先に着付けだけ済ませてこれから美容院へ髪を整えに行くところだったのか、はたまた髪を結わないというスタイルが流行っているのか。あの状態が完成形であってほしいような気がする。とてもきれいだった。
そんなことを思っているとなにやら視線のようなものを感じた。助手席の方を見ると、誰もいないはずのそこに彼女が座っている。ぼくをじっと見つめている。そしていたずらに微笑んだ。そんなはずはない。ぼくはどうかしてしまったのだろうか。ひとまず正面に向き直り、深く呼吸をしてからもういちど助手席を見た。彼女はいなかった。けれどもそこにはポインセチアの鉢と市松人形が置かれていた。ポインセチアの花言葉は祝福。今日は成人の日。