夕方の5時ごろにとんかつ屋さんに入った。
夕食にはまだ早いがこれから先の時間帯には食事をとることができないため今のうちにおなかを膨らませておこうと考えたからだ。
人気店ではあるがさすがにこの時間帯は店内はがらがらだった。
ぼくの前に入店したのは女性のおひとり様だったが店員さんにより2人掛けのテーブル席へ案内された。
続いて入店したぼくもおひとり様だったのでまた別の2人掛けのテーブル席に案内された。
そのあとに入ってきたおひとり様の男性も2人掛けのテーブル席に案内された。
みな素直にあたりまえのように店員さんの誘導に従っていた。
しばらくしてひとりの若い男性がおひとり様で入店してきた。
店員「おひとり様ですか?」
男性「はい。」
店員「それではこちらのテーブルにどうぞ。」(2人掛けテーブルを案内しようとする。)
男性「いや、こっちでもいいですか?」(4人掛けテーブルに座りたそうに眼を向ける。)
店員(一瞬どうしようかとためらうものの男性の断定的な勢いに押される態で)「どうぞ。」
男性「ありがとう。」
(このあと店員さんはほかの店員さんと相談していた。)
店員(お茶を供しながら)「込み合ってきましたら相席をお願いすることになりますがよろしいでしょうか?」
男性「もちろん。」
このやりとりの一部始終を観察しながらいつもの悪い癖で勝手に妄想を膨らませてしまった。
この男性はなんでそうやって店内のルールに従わへんのやろ。そんなに4人掛けでひろく食事をしたいんかな。こういうひとがいるからいちいち世界の流れが滞るねん。店側にも店側の都合ってゆうもんがあるやろ。現にさっき2人掛けを案内しようとしたのに4人掛けに座りたいなんてゆうから店員さんの頭の中が一瞬フリーズしかけてたやろ。あんたは相席でもいいかもしれへんけどもしこのあと4人グループのお客さんが来てほかの4人掛けテーブルも埋まってたらあんたがどくまで待ってもらわなあかんやろ。4人掛けのテーブルにひとりで座ってるお客さんをみながら待つ4人組のお客さんの気持ちを考えたことはないんかな。結構な葛藤やで。関係ないぼくも同じ店内の空気を吸ってるねんからその気まずさを共有せなあかんねん。そこまで考えてほしいわ。それに下手したら4人組のお客さんは待たれへんからほかの店に行くってゆうかもしれへんやん。そうしたら店は商売あがったりやん。この不景気にみすみす客を逃すお店とその経営者と従業員と家族の生活の心配をしたことがないんかいな。想像力のないやつめ。
こうやきもきすると同時にもうひとつの考えがよぎる。
いやこういう順応的な考え方が世の中を画一化してしょうもなくしてるんかもしれへんな。決められたルールに乗ってるだけやと人間の思考能力は衰えるだけやからな。たまにはこうやって変化をつける客がいるほうが人間の無思考化を防ぐかもしれへん。それやったら一見わがままにみえるこのお客さんはもしかしたら世人に活を入れるためのさすらい人かもしれへんな。そういえば服装もなんとなく突飛ながら品のあるようにみえないこともないぞ。もしや若手の起業家とかかな。ひとと同じようにやってたら成功ができないっていうもんな。どうせ店も空いているこの時間帯ならあるかないかわからないような客のために広い席を空けておくよりも有効に活用した方がいいという戦略的な判断が瞬時に働いたのかもしれへん。さすがやな若手起業家。そうかぼくらこそがわけのわからない暗黙のルールに無自覚に従ってただけやったんやな。なるほど。常に自分で考えろというメッセージやったんか。
こんなふうにも考えながらひとくちカツとキャベツとトマトとコールスローサラダとみそ汁と漬物をたいらげたぼくは新発想に世界が広げられたと感じながら少しばかりの興奮を覚えつつお会計に向かった。
ちょうどそのすぐ後にくだんの男性もお会計をしようと座席を立ち上がった。
結局この時間帯にこのお店にはあたらしく4人掛けのテーブルを必要とするお客さんは訪れなかったのだった。