『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一 講談社現代新書)を読み終わりました。 | 藤巻隆(ふじまき・たかし)オフィシャルブログ

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生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
福岡 伸一 講談社

を読み終わりました。2013.08.28





この本は、「生命とは何か」というテーマで分子生物学者が、一般人にも

分かりやすく解説したものです。


読んでいてワクワクしていました。


「生命とは何か」と問われたらなんと答えますか?

なかなか適切な定義は思い当たりませんね?


長い間、1つの定義が定着していたそうです。

「生命とは自己複製するシステムである」


生命の根幹をなす遺伝子の本体、DNA分子の

発見とその構造の解明は、生命をそう定義づけた。




しかしながら、福岡伸一・青山学院大学教授は、その後の

分子生物学の発展を踏まえ、もう1つの定義を

提示しました。


いえ、むしろ再定義と言うべきでしょう。


それはこうです。

「生命とは動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)にある

流れである」


ちょっとこの言葉だけでは分かりにくかもしれません。


福岡教授はこう解説しています。

ルドルフ・シェーンハイマーという学者が述べた次の言葉を

発展させた概念なのです。

「秩序は守られるために絶え間なく破壊されなければならない」


絶え間なく破壊される秩序はどのようにして

その秩序を維持しうるのだろうか。それはつまり流れが流れ

つつも一種のバランスを持った系を保ちうること、つまり

それが平衡状態(イクイリブリアム)を取りうることの意味

を問う問いである。





この本の第1章に、多くの日本人にとって悲しい現実が

書かれています。


千円札に肖像画が描かれている「野口英世」について

の記述です。


福岡教授が研究のために赴いたロックフェラー大学の

図書館に野口英世のブロンズ像があるそうです。


日本人の多くは野口英世の伝記を読んで、感銘を受けました。

私も小学生の頃、伝記を読んで立派な医者がいたものだ、

と長い間、偉人として尊敬していました。


その後、渡辺淳一の「遠き落日」を読みました。

破天荒な生身の人間の野口英世が描かれていました。


でも、それによって偶像が破壊されることはありませんでした。


ところが本書を読んで、そうした気持ちが揺らぎました。

ロックフェラー大学における野口英世の

評価は、日本のそれとはかなり異なったものとなっている。

私(福岡教授)は、ロックフェラー大学の何人かの同僚に

聞いてみたが、誰も図書館の胸像がどんな人物なのかを

知ってはいなかった。




それはなぜなのか?

パスツールやコッホの業績は時の試練に

耐えたが、野口の仕事はそうならなかった。数々の

病原体の正体を突き止めたという野口の主張のほとんどは、

今では間違ったものとしてまったく顧みられていない。

彼の論文は、暗い図書館の黴(かび)臭い書庫のどこか

一隅に、歴史の澱(おり)と化して沈み、ほこりのかぶる

胸像とともに完全に忘れ去られたものとなった。




更に説明しています。

野口英世が研究していた狂犬病や黄熱病の病原体は、

当時あまり知られていなかったウイルスによるものだったのです。

ウイルスは細菌よりも微小なもので、当時の顕微鏡の性能では確認する

ことができなかったのです。

ウイルスはあまりにも微小すぎて、彼の使っていた

顕微鏡の視野の中に実像を結ぶことはなかったのである。




それでも、当時の野口が評価されたのには理由がありました。

その点については本書でお確かめください。


野口に限らず、現代の大学病内の中でも、一般企業においても、

形は異なっても同様なことが起こりうる、と気づくはずです。



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