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ちょっと変わった限定記事のお知らせ
長文で有名な私たからんが、誰かやどこかに発信しようとしてまだ下書きで収めたもの、書いたけど出さなかったものなど、下書き状態のメモを読んでみたいとのご希望をいただきましたので、アメブロのアメンバー機能を使って、希望者のみ限定公開してみることにしました。
ご希望の方は私のブログへのアメンバーを申請して下さい。
秘密の記事というわけではなく(そもそも、投稿しようとしてる内容なので)、単に整っていない文であったり途中だったり、投稿先はこのブログではなく別のプラットフォームの場合もありますが、私の思考回路が見れる、みたいな内容となります。
基本的にはどなたでも承認するつもりですが、他のSNS等で見知っている方以外は、念の為どんな方かブログやSNSを確認させてもらうかもしれません。一言メッセージいただけると安心できますので軽く自己紹介いただけるとありがたいです。
また、参加型のコミュニティへの投稿内容(参加者クローズドな場が前提)の下書きも含む場合がありますが、内容が公外でも開できるものに限り書き、各コミュニティメンバーの情報が出ることはないようにしますので、関係者の方はご安心ください。
下書き公開の背景
TwitterやらDiscordやら、SNSのコメントやコミュニティでのコメント等で書こう思ったときに、書いてすぐに投稿できるほど短い文に収まらないことが多く、まだ外に出せない状態の下書きを、別のメモ機能で保存することが多いです。
普段はGoogleKeepを使っています。AndroidスマホのGoogleのメモアプリで、iPadでもパソコンでもアプリがあり、デバイス間で共有できるので、重宝しています。例えばTwitterでコメント書き始めて、長くなってまとめるのに時間がかかりそうだから後で書こうとしたとき、スマホで保存するとスマホでしか再編集できずパソコンからは続きがかけなかったり、操作を誤ると長文が全部消えたりするので、別の場所で一時的に書き、また内容も精査してからコピーして投稿するということがよくあるのです。
私は、一つのことにコメントしようとしたとき、深く考えて分析したり、関連する事柄を背景として説明したくなるたちなので、一つの事柄に対するコメントが長くなってしまう傾向があります。軽く4000字とか書いちゃうときもあり、せっかく考察したものの、これそのまま上げたら引かれるんじゃないか、とか、長すぎて読む気失せるんじゃないかとか、スレッドの大部分を占めてしまって他の方の投稿が見えづらくなり申し訳ないとか、変に気にして投稿の機を逸するなんてこともしょっちゅうです。
論理的な長文は喜ばれることも
ただ、ありがたいことに、たからんの長文はわかりやすく、読んでみたい、などと言っていただくこともよくあります。
私は自分や人の発言について、論理的な繋がりや合理性など背景と結論に納得できる流れがあるかとか、曖昧な要素かあれば分解や言い換えをして、正確にはどの部分について語っているのかなどを確認し、内容をきちんと整理したい欲求が強いです。相手や自分の主張のどの点が相違してるのか、何がわかっていて何は分からない前提で話しているのか、など確認したり、誤解や曖昧性が出ないように言葉を選んだりすることも多いです。
それで、言語化してもらえてありがたい、などと言ってもらえてるのかもしれません。
ただ、長いと支離滅裂になることもあり、推敲に数日かかることもあるため、メモはしたけどまとまってないようなものが多いのです。そして、そんな半端な文章も含めて、たからんのその長文考察を読みたいと言ってくれる方がちらほらいらっしゃるので、限定公開の形で読みたい方は読んでいただけるようにしたいと思いました。
GoogleKeepは、一つ一つのメモ(記事)に対して共有設定しなければならず、こりゃちょっとやってられないなと。他のメモアプリやブログ系も調べましたが、アメブロのアメンバー機能を使うというのが良さそうだとの結論に至りました。実験的にやってみたいと思います。
この記事以降、アメンバー限定記事は、私の下書き集となります。読みたい方はアメンバー申請をお願いします。
(通常のブログは全然投稿できてないんですけどね。下書きばっかりになっちゃったらごめんなさい…)
ブログもずっと書いていませんが、続けたいと思っていたスタエフの音声配信もたまにだけ、Twitterもよくやってたけどあまり開かなくなり、でも話したいことは本当は色々ある。
じゃあ、なんでできないんだろうと思ったとき、
体裁を整えなきゃ、ってことを気にしてる自分がいると思いました。
起承転結どうしよう、ハッシュタグどうしよう、概要に説明やリンクつけなきゃ。
その準備が整わないと始めない。
でも、整えてる余裕なんて、私にはないんですよね😂
だか、もう、一切の飾りをつけずにやればいいんじゃねーかと、思いました。
ブログは適当にその時思った日記でいいじゃんか。
音声はふと話したくなったことを、数秒でも、何十分でも気分で話せばいいじゃんか。
でも何か、アウトプットしないと、自分が自分の中だけで消えていってしまう気がする。だから出す。自分のためだけ。人のためになんて、考えないほうがいいのかもしれない。人が読みやすいように、聞きやすいように、わかりやすいように、誤解のないように。
そんなの、大物にでもなったときに考えればいい(つまりずっと考えないでいい)
テレワークで引きこもりみたいな生活の中、久々に通勤して、通勤時間という自分時間のなかで、なぜかブログに手が伸びたのは、いい刺激ときっかけだったのかもしれない。
雨が降っている、桜がほぼ散っている。そんなことが新鮮に感じてる。うん、感覚が普通じゃなくなってるな。
4月か。新しい自分になるいい時期じゃないか。
社会を作るのは人
人を育むのは教育
人の礎になるのは保育
人の拠り所になるのが家庭と地域社会
全ては共に繋がり関わり合って今の自分の生きる世界が回っている
しかし、本当にちゃんと繋がっているか?自分の目の前だけを見ていないか?
木を見て森を見ずにならぬよう、
繋がり、気付き、進みたい。
自分の色を見つけに行こう
私は、人を見るときに、色をイメージしたいと思っています。
人には、今その時、その人らしいその人だけの色がある。
決してこの世に同じ色はないし、同じ人でも、同じ色にとどまることなく、その色が流動的に変化していくんです。
ある一瞬の時の色も一色ではない。
マーブルカラーの様に、波打った模様のついた、スーパーボールのようなもの
ある切り口で見た一面の色と模様、
別の切り口でみた一面の色と模様は、皆少しずつ違う。
人は、何か一つの色に染まるのではなく、多彩な色と模様で彩られた個性を持つ。
私達が過ごした人生、これから変わっていく未来の人生
悩み、悲しみ、喜び、笑ったことが全て、今の色になると思うのです。
でも、自分の色は自分では見えない、見えにくい。
だから、他の色を見ること、知ることで、自分の色はこうかもしれないと気づくきっかけになると思うます。
そのように、人との違いを大切にしたい。そして、異なる色の人と交わったることで、新しい色ができる。そんな社会を夢見て、色を探す旅を続けたいと思います。
