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■亡き祖父に捧げる

 お立ち台に上った新垣の目は真っ赤だった。「本当にうれしいです」。涙をぬぐい、照れ笑いを浮かべた後、言葉を絞り出した。昨年9月17日の日本ハム戦以来、346日ぶりの白星。プロ入り通算50勝目を手にした。

 直球と宝刀のスライダーだけで勝負した。計103球のうち実に57球がスライダーだった。

 8回に2安打と盗塁を許して2死二、三塁。大引の2球目に、暴投で2点目を与えた。これまでなら崩れる場面だが、踏みとどまった。カウント2-2からスライダーで空振り三振。8回で11奪三振の力投が、その裏の逆転劇を呼んだ。

 約2カ月間の2軍調整で自分のフォームを見つめ直した。参考にしたのは、12奪三振で完封した2006年5月9日の広島戦。腕を横から振ることでスライダーの切れ味が増していたことに気づいた。シュート、フォークと球種を増やしたことで「縦振り」になっていたフォームを修正した。

■スライダーで勝負

 再昇格後の2試合は勝ち急ぐあまりフォークを多投。ロッテ戦の1イニング8失点(14日)、西武戦での1試合5暴投の日本記録(20日)となった。「2軍で調整したことを出そう」。原点に戻り「スライダーと心中する」と覚悟を決めた。

 ウイニングボールは「とうちゃん」にささげる。故郷・沖縄の国頭村での自主トレを打ち上げた翌日の1月21日、祖父の稲本繁三さん(享年80)が天国に旅立った。亡くなる前夜。「とうちゃん、今年は頑張るから」と誓う新垣に、繁三さんは「今年は忙しくなるよ」とつぶやいた。棺おけにユニホームとボールを詰めたが、初勝利のボールを届けることを約束していた。さまざまな思いが詰まった涙だった。

 ロッカー室に戻った新垣を、ナインは総出で拍手とともに迎えた。「泣き虫王子」と冷やかされた。その涙に指揮官はうなずいた。会見場のテレビで新垣の姿を確認した王監督は「それだったら進歩するんですよ」。もう期待は裏切らない。日本一奪回に、欠かせない右腕が、ようやく帰ってきた。
昨日、試合前の投球練習を見て「あれ!?フォーム変わった!?」と思いました
これまでと違いかなりスリークォーター気味になっていたのに驚きました
2軍調整でフォームを修正とありますが、写真でわかるように、この時はまだ上から投げてます
この写真は8月5日のものですから、この後に1軍にあがっています
シュート・フォークを捨てた事でフォームも自然とスリークォーターになったのかもしれませんね
これからの頑張りに期待しましょう

ちなみにこの時、帽子にサインをもらいました
写真の帽子はその時のものです
次の日には色紙にサインをもらいました(笑)