大学・社会人では、恐らく阿部慎之助(巨人)以来の大物捕手と言えるのが、この 伊志嶺 忠 だろう。左打席から繰り出すパワフルな打撃と沖縄人特有の高い身体能力は、豊作だと言われていた2006年度の大学生捕手達よりも、一回りも二回りもスケールで圧倒する2007年度の目玉だと言える存在だ。

 (ディフェンス面)

 伊志嶺を語る上で、あまりディフェンスの話しが出てこないので、世の中では打撃優先型の捕手と思われる向きもあるが、けしてそんなことはない。けして大きな体を小さく屈めてと言った配慮型の捕手と言うよりは、強いリーダーシップで投手を引っ張って行くタイプだろう。

 キャッチングは、ミットの出し方に多少不満はあるが、ミットを余計に動かすことなく一球一球をしっかり捕球しているので悪くない。何より一見何気なく構えているようだが、予期せぬ方向へのファールボールにも、瞬時に反応出来る反射神経の持ち主。多少的から外れた球に対しても、素早くミットを出すことが出来るのだ。

 スローイングも元々の地肩の強さに加え、捕ってから非常に素早い。コンスタントに1.9秒前後でスローイング出来る能力はありそうだ。多少ディフェンス力全体で見ると粗い部分はあるが、高い潜在能力があれば、上で我慢して起用出来るレベルにはある。一年目から、一軍で我慢して育てて行ける選手だろう。

(リードを考える)

 では、いつものように実際に彼の行ったリードを元に、彼のリードセンスを見てみようと思う。

(試合)城西国際大戦 打者 嶺井 博和 右の少しクローズスタンスでインステップして来る6番打者

(投手)平林。右のスリークオーターで、球速は130キロぐらいのスライダーを武器にする投手。

前の打席に、初球のアウトコースのスライダーをレフト前にはじき返されている。以上の条件で、次の嶺井選手への配球を皆様も一緒に考えて欲しい。では、実際に伊志嶺捕手が行ったリードを示したい。

1球目 内角高めの速球をファール (カウント1-0に)

 まず第一に覚えておくことは、前の打席に初球からアウトコースのスライダーを打ちに来たことだ。そして、クローズスタンスでインステップで踏みこむことからも、真ん中~外よりの球を得意とする可能性が高いと言うこと。

 そこで外角ではなく内角を、打たれたスライダーではなく速球と言う真逆の球から入ったことは、もっともリスクを回避するためには、好い入り方だったと評価したい。そしてこの球も打ちに来たことからも、この選手は狙い球を絞るタイプと言うよりは、ストライクゾーンに来た球ならば、なんでも振って来る可能性が高いことに、この時点で気がつきたい。

2球目 外角速球をファール (カウント2-0に)

 そこで初球に内角を打ちに来たこと。そして前の打席に打たれていない、外角の速球を投げたリードも充分頷ける配球だ。結局この球にも手を出してきた。ここで、ストライクゾーンならば、どんな球でも打ちに来る選手と言う確信が得られる。何より、2球で相手を追い込むことに成功し、精神的にバッテリー優位の状況を作り出したことは非常に大きい。

3球目 外角の速球がボール (カウント2-1へ)

 実はこの平林投手は、スライダーを得意とする投手。しかし前の打席で、そのスライダーを打たれていたたことからも、スライダーは使い難い。しかし決めてない平林をリードするのは非常に難しいのだ。あえてカウントが有利なことからも、少しボール気味の速球を投げて様子を見たのは悪いリードではないと考える。

4球目 外角の速球がボール (カウント2-2に)

 ここでも徹底してアウトコースの速球を続けて来る。結果としてボールになったが、これが次の配球の大きな布石となる。

5球目 外角の速球で見逃し三振

 さすがに2球続けてアウトコースの速球を投げたのだから、打者としてはそろそろ違うコースか違う球種が来るのではないかと読んで来る。そこにまたもアウトコースの速球を続けることで、コースも好かったのもあるが見逃しの三振を奪うことになる。あえて打たれていない球を三球続けた意味は大きく、けしてこの打席では、スライダーを使ってこなかった。少なくても前の打席にスライダーが打たれたことが、最後まで頭に残っていた証だろう。

(リードについて)

 球種が、カーブ・スライダー・そして威力のない速球しかない投手を上手くリードした例だろう。ただこの後の打席では、さすがにもう投げさせる球がないと考えたのか、打たれたスライダーを織り交ぜてはいる。運良く2球ともファールになっているのだが・・・。しかし相手打者が6番打者であること、投手の球種が少ないことも加味すると致し方ないかなとも思われる。少なくても大学生捕手としては、かなり考えられたリードが出来る捕手と見て好いだろう。こと打撃優先型と言われているが、けしてそんなことはないと私は考える。

(打撃スタイル)

まず、彼のこれまでの成績を見てみよう。

1年秋 4本塁打 11打点 打率.195厘
2年春 2本塁打 12打点 打率.341厘
2年秋 0本塁打 14打点 打率.348厘
3年春 1本塁打  3打点 打率.361厘
3年秋 4本塁打 18打点 打率.425厘

 まあ、この成績を見ると、彼が如何に千葉リーグで抜けた存在なのかがわかるだろう。長打力・勝負強さ・対応力・安定感・年々その資質を伸ばしている点でも素晴らしい。私も10年以上このリーグの模様を見ているが、屈指の強打者だと評価出来そうだ。

<対応>  初球~3球目を打ちに来る平均的な打者。

<狙い球> 速球でも変化球でも、内角でも外角でも、なんでも打つタイプ

<打球>  右に左にセンターへ広角に打ち返す

<仕掛け> 平均的な仕掛け

 ある程度の対応力と長打力をバランス好く打ち分ける中距離打者・ポイントゲッターが多く採用する仕掛けを行っている。まさにこれは、彼の打撃のイメージとピッタシ合致するもので、彼自身スラッガーなのではなく、中距離タイプだと考えられる。ただ身体のパワーは凄いので、力で打球を飛ばす能力はあるようだ。


(打撃フォーム)

<構え> ☆☆☆

 前の足を軽く引き、グリップの高さは平均的。腰をしっかり据えて、全体のバランス・両目で前を見据える姿勢も悪くない。ただこの選手、少々からだが固い気がするのは私だけだろうか。もしそうならば、故障の多いポジションだけに、充分その辺を意識したトレーニングをしてもらいたい。

<下半身> ☆☆☆☆

 投手の重心の沈み込みに合わせて、自分のカカトを一踏みして「シンクロ」を行いタイミングを計る。その後、足をしっかり引き上げ真っ直ぐ踏み出してくる。その踏み込み自体は非常にしっかりしているのだが、少々ステップが狭い気がして窮屈に感じる。それでもインパクトの際には、足元がブレることなくスイング出来ており、パワーロスや身体の開きを抑えることに成功している。

<上半身> ☆☆☆☆

 あらかじめ捕手側にグリップを添えることで、グリップの移動距離を少なくしてロスを軽減している。そこから更に深くトップを形成し、打球に勢いを与えている。トップが深くても、悲観するほどグリップは奥に入っていないので、ヘッドの滑り出しは悪くないだろう。

 バットを上から振り下ろし、鋭いヘッドスピードでしっかりしたスイングの弧を描いている。インパクトの押し込みも好いのだが、グリップがフォローの段階で引きあがって行かないし、フォロースルー自身それほどしっかり取るタイプではないので、それほどボールを運ぶのは上手くない。それでもあれだけ本塁打を打つのだから、相当なパワーの持ち主なのだろう。

<軸> ☆☆☆

 足をしっかり上げ降ろすタイプなので、頭は結構動いている。身体の開きは我慢出来ているが、軸足の安定感や強さといったものはあまり感じられない。





(最後に)

 攻守にまだ多少の粗さはあるが、一軍で我慢して起用出来るレベルにあると考えられる。また我慢しても使ってみたいと思わせるスケール感が、この選手にはある。もう少し見てみたいのは、地肩の強さ・内角の捌き・柔軟性の部分だろうか。

 捕手と言うのは、これは!と思えた素材を獲得して、あとは我慢してどんどん実戦で使って行くのが、一番の王道なのだ。そのレギュラー捕手への王道をたどれる何年に一度かの素材。それが、この 伊志嶺 忠 だと言えよう。