まちづくりについて
ちょっと、最近まちづくりについて
いろいろと思うことがあり、備忘録的にこのブログを使っていこうかと思う。
まず
そもそも、まちづくりって何かということである。
誰がするのか。
で、まちをつくって どうするのか。
という問題である。
そもそも、ときより
どこかのまちづくりを見学して、まちづくりをしよう!
といって、成功したためしがない。
つまり、「お!なんか面白そうだ。自分たちも真似てやってみよう!」
で うまくいくほど 簡単なものではない。
そして全員がついてくるものでもない。
最初にやろうと決めた「お!なんか面白そうだ。自分たちも真似てやってみよう!」 と思い、行動に移した人間には、それは大変な覚悟がいる。
とはいえ、そんなに まちづくりの ハードルを高めるつもりはない。
まずは「自己実現を図る」ことが大切ではないか。
そこらあたりが間違っている人がなんと多いことか。
「自分ごと」というより、「自分がしたいこと」
それが まちづくりの一歩ではないか。
今年50歳になる。
これまでのことを振り返りながら、まちづくりとは何か というのを 散文的に書いていければと思っています。
2024高道校区まちづくり 秋祭り
ずいぶんとお久しぶりに
更新しました。
いやぁ さぼったなぁー
ごめんなさい
2024年に高道校区まちづくり開催しました。
夏の猛暑を避け 秋祭りに変更
夜遅くまでやって片付けるのも大変なので
昼間の開催にしました。
ずいぶんとよくなった。
「メッキ型都市」の課題
今日の熊本日日新聞の論壇は、熊本大学文学部教授の徳野貞雄さんでした。
でタイトルが「メッキ型都市」の課題。
なんだ?メッキ型都市って?
「阿蘇、天草、国東、霧島、五島、壱岐…という地名が続けば、多くの人は自然豊かな九州有数の観光地であり、風光明媚な農山漁村のたたずまいと、田舎の素朴な人々の姿を思い浮かべるだろう。しかし、上記の地名はすべて「○○市」という市の名前である。実態的には都市ではないが、行政上では市である「メッキ型都市である。」(徳野貞雄著 平成22年8月29日熊本日日新聞朝刊7ページ 引用)
これって まさに 平成の大合併が引き起こした弊害ですよね。
徳野は次のように指摘しています。
「本年度の国勢調査以降は、行政統計上は都市部の住民としてカウントされ、社会分析の基礎データとしてカウントされる」
そーんなんですよ。
村 町 は その名称からも
その土地の空気や生き方までも 反映していたところがあった。
しかしながら、徳野が言うように「今後は、地域社会と行政機構は本質的には異なるものであるという認識を深めないと、過疎農山村の弱体化は一層すすみかねない。」
実際、昭和の大合併の際、
市にはなってみたものの、中心市街地以外では その弱体化は とどまることを知らない。
役所はその多くが中心市街地に建てられ、
一番近い(職員が感じる市の空気)土地の活力のみをおいかけ、
周辺部の失われて行く活力を 職員自体が感じなってくなっていた。
実は、この公務員がその町を感じることが一番大切ではないかと思うことがある。
だが、平成の大合併は、「中核的住民」であった地域の公務員を 本庁という 住民が見えない(正確には役所に来る必要があるひとしか見ない)城郭に閉じ込めてしまったという功罪をつくってしまった。
私は、都市内分権論者なので、支所の重要さは非常に痛感しているのだが。
経済効率だけではない。実は、公務員という仕事は、住民と一番近くを生きることによって、行政の効率性は最大になるということを分ってもらいたい。
そして、地域の公務員が 地域で生活することができて、地域の安定化が図られるのだと思う。
一部の首長のなかには、公務員の削減を掲げて当選する首長がいるとおもうのだが。
私は、言いたい
公務員をまず地域に放て
真の行革はそこから始まるような気がするのです。
でタイトルが「メッキ型都市」の課題。
なんだ?メッキ型都市って?
「阿蘇、天草、国東、霧島、五島、壱岐…という地名が続けば、多くの人は自然豊かな九州有数の観光地であり、風光明媚な農山漁村のたたずまいと、田舎の素朴な人々の姿を思い浮かべるだろう。しかし、上記の地名はすべて「○○市」という市の名前である。実態的には都市ではないが、行政上では市である「メッキ型都市である。」(徳野貞雄著 平成22年8月29日熊本日日新聞朝刊7ページ 引用)
これって まさに 平成の大合併が引き起こした弊害ですよね。
徳野は次のように指摘しています。
「本年度の国勢調査以降は、行政統計上は都市部の住民としてカウントされ、社会分析の基礎データとしてカウントされる」
そーんなんですよ。
村 町 は その名称からも
その土地の空気や生き方までも 反映していたところがあった。
しかしながら、徳野が言うように「今後は、地域社会と行政機構は本質的には異なるものであるという認識を深めないと、過疎農山村の弱体化は一層すすみかねない。」
実際、昭和の大合併の際、
市にはなってみたものの、中心市街地以外では その弱体化は とどまることを知らない。
役所はその多くが中心市街地に建てられ、
一番近い(職員が感じる市の空気)土地の活力のみをおいかけ、
周辺部の失われて行く活力を 職員自体が感じなってくなっていた。
実は、この公務員がその町を感じることが一番大切ではないかと思うことがある。
だが、平成の大合併は、「中核的住民」であった地域の公務員を 本庁という 住民が見えない(正確には役所に来る必要があるひとしか見ない)城郭に閉じ込めてしまったという功罪をつくってしまった。
私は、都市内分権論者なので、支所の重要さは非常に痛感しているのだが。
経済効率だけではない。実は、公務員という仕事は、住民と一番近くを生きることによって、行政の効率性は最大になるということを分ってもらいたい。
そして、地域の公務員が 地域で生活することができて、地域の安定化が図られるのだと思う。
一部の首長のなかには、公務員の削減を掲げて当選する首長がいるとおもうのだが。
私は、言いたい
公務員をまず地域に放て
真の行革はそこから始まるような気がするのです。






