どじょうになった紋次郎(3)
この広い古民家にオッチャンは一人きりで住んでいます。
それほどの年でもないのに仕事に就いている様子もなく毎日ぶらぶらしています。
炊事と洗濯は楽しそうにやっていますが掃除は苦手なのか、あるいは根がずぼらなのか、かなりの手抜きです。その証拠に居間の隅々には綿ボコリがうっすらと積もっているのが水槽の中からもはっきり見えます。
オッチャンは神棚に新しいお水を供えて「おはようございます。」「今日も家族の安全と健康をよろしくお願いします。」と2礼2拍手するのが朝一番の日課になっていました。
それが最近では神様への礼拝の後は水槽の前に直行し、中の金魚に向かって「オハヨーゲンキカー」と声をかけながら紋次郎たちの健康状態を観察するのが毎朝の日課に新しく加わりました。
神様への礼拝には、ものの30秒もかけないのに、金魚界への朝の挨拶には、たっぷり15分はかけるのでした。
オッチャンのこの日課は暦や天候に左右されないばかりか、体調の良し悪しにも関係ないようでした。
オッチャンが加わったことから、金魚界とオッチャンの間では金魚語での会話力がどんどん発達し相互理解のレベルも上昇していきました。金魚界では知り得なかった色々なことが解るようになりました。
何故かというとオッチャンは毎日水槽に「金魚の餌」を少しずつ落とし込みながら自分の生い立ちや家族の話を幾度も繰り返し繰り返し話してくれるのです。
金魚界の全員がなぜオッチャンが家族を連れずにこんな山奥で、しかも一人で住むようになったのかを知りましたし、オッチャンの家族の一人一人が今どこでどう生きているかも知りました。
はじめのうち金魚界では誰もがオッチャンの言う「家族」というものが何のことか皆目分かりませんでした。
それでも毎日オッチャンから話を聞いている間に、金魚界の誰もがオッチャンの家族全員のことを知りました。
世話焼き奥さんのこと、彼氏と同棲中の長女のこと、当面ニート中の長男のこと、ラーメン屋店長の二男のこと、仕事と遊びに忙しい二女のこと、さらには老人介護施設に入っているオッチャンの母親のこと、兄嫁との仲がうまくいっていない奥さんの母親のこと。
金魚達はオッチャンの話を聞くうちにオッチャンの家族がみんな大好きになりました。会ってみたいと思いました。
でも現実的には誰一人この東北の山奥まで出かけて来れる状況ではなさそうです。
家族に会いたいのは何といってもオッチャン自身だということを金魚界の誰もがよくわかっていました。
金魚界の誰もがオッチャンに「ミンナニアイタイ」「ツレテコイヤ」「イツクルン」と言いたい気持ちをじっと抑え込んで口には出せませんでした。
そんなある朝、いつものようにオッチャンが神様への礼拝のあと、朝のご挨拶に水槽の前にきて「オハヨー」
「ミナゲンキカ?」と呼びかけたところ紋次郎が「オッチャンヨー」、「ユキフッタラナー」、「スキーデキルシナー」、「ピロリンヨボヤー」と言い出したので皆がびっくりしました。
オッチャンは「ユキナー」・・・「ソーヤナー」・・・「スノボーデキルナー」・・・「サソーテミルカー」・・・と小さな声でつぶやきながらしばし考えていましたがぱっと笑顔になって「ヨーシ」「ヨンデミルワ」「クルカモナー」「コレルヒニクルワナ」と叫びました。
紋次郎たちはオッチャンの嬉しそうな笑顔に胸がわくわくして来ました。
「コレルカモナー」 「クルカモナー」
「コレルサッサ」 「クルサッサ」
「クルクルクルクル」 「クルクルクルクル」
モンジローは歌いだしました。
オナガーとタンチョーは水槽の端から端まで歌いながら何度も何度も往復しました。
デメーとネコゼーは正面の中央でおじさんに向って腰を振り振り踊りだしました。
みんなに希望がわいてきました。
ピロリンが来ればオッチャンが喜ぶ。オッチャンの喜びは皆の喜びになるのです。
(ピロリンとは二女のことです。遊び好きな二女は夏はサーフィン、冬はスノーボードに夢中です。でも外はまだ紅葉の真っ盛り。雪が降るのはまだまだ先のことです。)
