Hallelujah
Leonard Cohen
<レナード・コーエン版、オリジナル版>
Now I've heard there was a secret chord
That David played and it pleased the Lord
But you don't really care for music, do ya?
It goes like this, the fourth, the fifth
The minor fall, the major lift
The baffled king composing "Hallelujah"
秘密の和音があるんだって聞いたよ
ダビデが演奏して、主を喜ばせた
でも、キミはそれほど音楽に興味ないんだっけ?
それはこんな感じ、4度の和音、5度、
短調に下りて、長調に上がる
困惑した王様が「ハレルヤ」を作曲する
- 今回、この『ハレルヤ』を和訳するのに参考にしたのは
『聖書 新共同訳 旧約聖書(日本聖書協会著、共同訳聖書実行委員会翻訳、Kindle版)』
『Hallelujah: Leonard Cohen, A Journey, A Song(Geller/Goldfine Productions提供、アマゾンプライムビデオ版)』
『図説 聖書物語 旧約篇(山形孝夫著、山形美加図版解説、河出書房新社)』
の3つです。
『ハレルヤ』は、レナード・コーエンの1986年に発表されたアルバム『哀しみのダンス』に収録されています。このアルバムは当初、コロムビアレコードから発売されるはずでした。しかし、当時のコロムビアの社長であるウォルター・イェトニコフによって発売を拒否されてしまいました。
レナードは、こう話しています。
「コロムビアの社長を訪問したんだ。まずスーツを批判された。それから[君は偉大そうだが、よさが分からん]と」「[ミックスが悪い]と[では、やり直して]と僕は言った。[ミックスは任せるから、発売してくれ]とね」
というように酷評されたようです。
そのおかげで、
「自分には音楽的なセンスがないんだと思った」
「意志を描いたアルバムだ。何事も意志があってなされるし、人は自分の意志を自覚している。成功し、支配し、影響を与え、王になりたいという意志だ。だが時折,物事の流れの中で、そういう意志が消える」
と、ひどく落ち込んでいたようです。
それから、
「必死に探して、発売してくれる会社を何とか見つけた」
結果として、インディーズ会社であるパスポートレコードからひっそり発売されたのですが、宣伝もされず全く売れませんでした。
Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ、ハレルヤ
ハレルヤ、ハレルヤ
- ラリー・ラッツォ・スローマン(元ローリングストーン誌の音楽ジャーナリスト、作家)は、1974年に、レナードの取材記事を担当することになりました。そこから、長年にわたってレナードのインタビューをしています。
ラッツォによると、
「(レナード)の家で、ノートを見てぶっ飛んだよ」
「ハレルヤは、何冊にも歌詞が書かれていた」
「180(パターン)という数字が浮かんだが,150だったかも。とにかく大量だ」
とのこと。
レナード自身がラッツォに答えています。
「ああ、確かにそうだ。ノートにもたくさんメモ書きしてる。これを読もうか。[ダビデ王は指に血をにじませ、涙と共に歌った(ノートのページをめくる音)今も彼の歌声が聞こえる]。何パターンもある。[前もここに来た。何のための部屋か知っている][前もここに来た。ゆがんだ床の部屋に][前もここに来た。この床の上を歩いた]。全てハレルヤの歌詞だ.(ページをめくる音)」
「僕は推敲を重ねるタイプだ。僕の伝えたい経験とは,つまり努力すること,失敗を重ね、それでも・・・とにかく言葉を正確に使うことだ」
とも。
それだけの長年の努力で作ったのに、発売を拒否されたわけです。
しかし、そんな中でも評価してくれる人もいました。その1人が、ボブ・ディランでした。
レナードはこう話しています。
「ボブ・ディランだけが『ハレルヤ』を知っていて、時々コンサートで歌ってくれた。認められたと思ったね』
「ボブ・ディランと最後に会ったのは、あるカフェだった。パリの14区にあるカフェだった。その前夜、彼はコンサートで大成功を収めていて、会話が弾んだよ。いわゆる仕事の話だったんだが、歌詞を交換したりして。互いに、相手の才能に度肝を抜かれた(笑い)」
「(『ハレルヤ』を)2年で作ったと、つい見栄を張ったが、もっと長くかかった」
とのこと。
Your faith was strong, but you needed proof
You saw her bathing on the roof
Her beauty and the moonlight overthrew ya
She tied you to a kitchen chair
She broke your throne
and she cut your hair
And from your lips she drew the Hallelujah
キミの信仰心は強かった、でも確信を得たがった
屋上で彼女が水浴びしているのを、キミは見た
彼女の美しさと月の光が、キミを圧倒した
彼女は、キミを台所の椅子に縛り付け
玉座を壊して、髪の毛を切る
そして、キミの口から「ハレルヤ」を引き出した
- 創作について、レナードは話します。
「曲作りには技術も必要だ。衰えないように常に磨いておく必要がある。だが本物の歌は、どこからか届く贈り物だ。だから曲というものは誰のものでもない。名曲がひらめく方法を知ってたら使うよ」
レナードはユダヤ人であり、幼い頃からユダヤ教とその教えが側にありました。
9歳の時に、父親が長く患った末に亡くなっています。
「父が亡くなったとき、葬式の後、父に宛てて詩を書いたんだ。そして父のネクタイを出し、カッターで布を切って、その詩をネクタイの中に入れて庭に埋めた。そのとき、初めて宗教儀式的な言葉を使った」
レナードの宗教的指導者(ラビ)であるモーデカイ博士によると、
「(レナードの)ひらめきの源について聞いたら、[バットコル]だと。(ユダヤ教の解説書に当たる)タルムードの[女性の声の神]だよ。バットコルの言葉を書き留めると、彼女は去る。[困惑した王(Buffled King)]や[秘密の和音(Secret Chord)]という歌詞は、バットコルのおかげだと、彼は言っていた」
とのこと。
バットコルとは、神が短い文章で天から語りかけることのようです。
レナードはユダヤ教の教えや経験したことを、詩を書く源泉にしていました。1番の歌詞は『旧約聖書』のサムエル記上18章からサムエル記下1章に書かれていることからイメージされているのではないでしょうか。
殺し殺される戦国時代さながらの時代の中で、有名なゴリアテを討ったことをはじめ、数々の戦績を上げるダビデ。「サウルは千を打ち。ダビデは万を討った」という民衆の喝采がありました。そんなサウル王の嫉妬や憂鬱を紛らわすために、竪琴を奏でるというような伝えがあります。また、サウル王の訃報を知り、哀悼の歌で、その死を悼んだとも。
さらには、2番の歌詞にある「屋上で彼女が水浴びしている」表現は、サムエル記下11章からのダビデとバテシバの関係を表しているのでしょう。水浴びしている彼女に心を奪われてしまった、そのときの王であるダビデ。計略で、そのバテシバの夫を殺してしまいました。結果としてダビデ王は、悲惨な晩年を迎えてしまいます。
さらには「髪の毛を切る」という表現も、士師記13章以下にある怪力の士師サムソンのことを表しているのではないかと思います。獅子を素手で引き裂く怪力を持つサムソンは、その力の源である髪の毛を切られて敗北してしまいました。
これらの印象的な歌詞には、旧約聖書の内容や教えがあったのだと思います。
Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ、ハレルヤ
ハレルヤ、ハレルヤ
You say I took the name in vain
I don't even know the name
But if I did, well, really, what's it to ya?
There's a blaze of light in every word
It doesn't matter which you heard
The holy or the broken Hallelujah
神の名をみだりに使ったと、キミは言う
ボクは神の名前さえ知らないんだよ
でも、そうしたからって、どうしたっていうんだい?
全ての言葉には、光のきらめきがあるんだ
神聖なるハレルヤ、壊れたハレルヤ、
聞こえてきた、どちらにもね
- レナードは、『哀しみのダンス』と同じ年に『ブック・オブ・マーシー』という詩集も出しました。その中で
「(主を)信じてはいないが、あなたを訪ね,疑問を捨て,あなたの慈悲を乞う」
という内容があります。
「こういう[永遠の対話]は、ユダヤ教徒の古い伝統だ。神の存在を疑うことは、正当な行動だと思う」
とも話しています。
そこから『ハレルヤ』の歌詞が変化していきました。
ラッツォによると
「あれは確か1988年だ。レナードがツアー中に『ハレルヤ』を歌った。突然、新しい歌詞でね。旧約聖書に絡めた詩じゃないぞ、と。世俗的で、まるで違う曲のようだ」
と。
レナード自身も、
「歌詞を変えた理由は、宗教の歌を心から歌えなくなったから」
「曲は悪くないが、感情移入できなくなった。当初は、ダビデ王の歌詞など聖書の例えを、自然に使えてた。だがあるとき、言葉に詰まった。違和感を覚えたんだ」
「宗教的ではない世界にも、この曲を浸透させたい」
と語っています。
Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ、ハレルヤ
ハレルヤ、ハレルヤ
I did my best, it wasn't much
I couldn't feel, so I tried to touch
I've told the truth, I didn't come to fool ya
And even though it all went wrong
I'll stand before the lord of song
With nothing on my tongue but hallelujah
最善は尽くした、充分じゃなかったろうがね
感じられなかった、でも触れようとした
本当のことを話したんだ、だまそうとしたわけじゃない
たとえ、全てがうまくいかなくても
ボクは歌の神に向かい合うよ
口にするのはハレルヤだけ
Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ、ハレルヤ
ハレルヤ、ハレルヤ
- ラッツォの表現によると
「『ハレルヤ』には、翼があった」
というように、ここからの飛躍が始まります。
<ケイル、バックリィ版>
Baby, I've been here before
I know this room, I've walked this floor
I used to live alone before I knew ya
And I've seen your flag on the marble arch
Love is not a victory march
It's a cold and it's a broken Hallelujah
前にここへ来たことがある
この部屋を知ってるし、歩いたことがある
独りで住んでいたんだ、キミに出会うまでは
キミの旗を、大理石の橋で見た
愛は勝利の歌じゃない
それは冷たく、壊れたハレルヤ
- 1991年になり、レナードのトリビュートアルバムを作る企画が出てきました。その中で、ラッツォに歌手推薦の話があり、ラッツォと繋がりのあったベルベット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルが挙がりました。
ラッツォはケイルに、
「違う歌詞もある。コンサートバージョンの歌詞を使ったら?と教えた」
ケイルも
「美しい歌詞はたくさんあった。だが宗教的な色合いの濃い歌詞は、僕にはちゃんと歌えない。だから、軽い歌詞を選んだ」
と語っています。
レナードの「宗教的ではない世界にも、この曲を浸透させたい」という思いが叶ったのではないでしょうか。といっても、ケイルも「ダビデ王」の歌詞を残していますね。
There was a time you let me know
What's really going on below
But now you never show it to me, do ya?
And remember when I moved in you
The holy dove was moving too
And every breath we drew was Hallelujah
ボクに知らせようとしたときもあった
下の方で、まさに今起こっていることをね
でも今では、ボクには見せなくなったよね?
覚えているよ、キミの中に入っていったこと
聖なるハトも動いていた
ボクらの息づかい全てがハレルヤだった
- さらに重要な出来事がありました。ジェフ・バックリィの登場です。
1991年にニューヨーク、ブルックリンの聖アン教会で、アート企画として父親であるティム・バックリィの追悼コンサートに息子として登場し、歌ったジェフ。
聖アン教会の企画ディレクターである、ジャニーン・ニコルスとスーザン・フェルドマンは、
「私たちはケイルとも付き合いがあり、ケイル版の『ハレルヤ』が大好きでした。それで、いつだったかジェフに聞かせたの」
と話しています。
ジェフ・バックリィ当人も、
「(当時に出演していた)シェネのギグの前夜、練習したんだ。名曲だよ、悔しいくらいね」
と語ります。
1994年にジェフのアルバム『グレース』に収録されました。
その後、ジェフの事故死がありました。U2のボノなどがジェフへの追悼として歌い、さらに『ハレルヤ』へ注目が集まる結果となります。
Maybe there's a God above
But all I've ever learned from love
Was how to shoot at someone who outdrew ya
And it's not a cry that you hear at night
It's not somebody who's seen the light
It's a cold and it's a broken Hallelujah
たぶん、天の上には神がいる
でも、愛から学んだことは、
キミの気を引こうとするヤツを撃ち殺すこと
夜中に聞こえるのは叫びじゃない、
光を見たような誰かでもない、
冷たく、壊れたハレルヤ
- 『ハレルヤ』には、もう1つの翼もありました。それは、2001年に公開されたアニメ映画の『シュレック』です。
『シュレック』の共同監督ヴィッキー・ジェンソンは、
「私は1990年序盤から、レナードのファンだった。ケイル版の『ハレルヤ』を、何度も何度も聞いたわ」
「シュレックに携わり、最初に与えられた仕事が、このシーンだった。複雑な感情が絡み合う感じをイメージしたの」
と語っています。
怪物であるシュレックがフィオナ姫に愛情を抱き、その美しさの秘密を知るドンキーとの友情の関わりを描く場面で、BGMとして流れます。
ただ、
「曲の長さも数分にカットしたわ。[台所の椅子に縛り]とか、個人の性的な経験を思わせるような歌詞は、全てカットしたわ。コーラスも減らして、絵コンテを作り直した」
ということです。
この『シュレック』は大当たりで、2001年の世界興行収入で4位でした。『ハリーポッター賢者の石』『ロードオブザリング旅の仲間』『モンスターズインク』に次ぐ4位とのことです。その影響で、『シュレック』のサントラCDはアメリカだけで200万枚、世界では250万枚も売れたとか。
とんでもない翼です。
レナード本人は、その後のインタビューで、
「この曲には、皮肉で面白い逸話があるんだ。当初『ハレルヤ』の入ったアルバムは、アメリカで売れないと言われた。だからヒットして、ちょっとした復讐を果たした気がする(笑い)」
と語っています。
それからも、2011年には、カナダ野党第一党NDP(New Democratic Party:新民主党)の党首であったジャック・レイトン氏が亡くなった際の国葬で歌われたり、2021年にワシントンDCで行われた、新型コロナウィルスの犠牲者追悼式典でも歌われています。
Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ、ハレルヤ
ハレルヤ、ハレルヤ
- 私自身は、ジェフ・バックリィ版から聴き始めました。歌詞を和訳しようと思い立ち、オリジナルのレナード版を聴き、トリビュートアルバムを買ってケイル版も聴きました。レナードのドキュメンタリービデオを観てから、シュレックのDVDを観て、サントラを手に入れという流れになりました。
少しぐらいは『ハレルヤ』の翼を垣間見られたのかもしれません。
また、旧約聖書も読みました。ネット情報では、旧約聖書からの引用があるとは知っていましたが、実際に旧約聖書の中から「あぁ、これか!」と感じられました。
ここまで来るのに、かなり長い時間はかかりましたが、自分としては大きな知見を得られ、大きな経験が出来たかなと思っています。
特に嬉しかったのは、レナードのドキュメンタリービデオのなかに、大好きなボブ・ディランやティム・バックリィが出てきて繋がりを感じたことでした。
ここ5ヶ月ぐらいは、レナード版、ケイル版、バックリィ版、シュレック版(ルーファス・ウェインライト版)の『ハレルヤ』を毎日聴いてきました。
自分にとって貴重な時間となり、嬉しく思います。
『ハレルヤ』に興味がある方は、ぜひ、このレナードのドキュメンタリービデオを観ていただきたいなと思います。さらに、洋楽や洋画を深く分かりたいなと思っている方は、旧約聖書もオススメしますよ。めっちゃ長いですが・・・。
参考・引用文献
『聖書 新共同訳 旧約聖書』日本聖書協会著、共同訳聖書実行委員会翻訳、Kindle版
『Hallelujah: Leonard Cohen, A Journey, A Song』Geller/Goldfine Productions提供、アマゾンプライムビデオ版
『図説 聖書物語 旧約篇』山形孝夫著、山形美加図版解説、河出書房新社