選挙の時期になると、日本中が不穏なエネルギーに包まれているように感じて
気分がすぐれない。
憲法改正がどうのこうのではなく、善悪を唱える二元論の空気に完全に包まれているように感じるからだ。
非二元、ノンデュアリティこそ、すべての人類が抱えている問題をクリアにすることのできる立場だと分かっているのに、
子どもの頃から親に立会演説会やら政治経済の話を聞かされていた私は
自分自身が善悪の立場にたってしまい、感情を揺り動かされてしまうのだ。
特にスピリチュアル系の人々が、三宅洋平やら山本太郎やら、
一見純粋そうな内容にいとも簡単に流されて、
連綿と続く日本の素晴らしさを(普段はそういったスピ系の人も日本の素晴らしさをとうとうと語るくせに・・)
すべて失わそうとする勢力がバックについていることも知らずに
彼らに熱くなっている様子を見ていると、
どうも見かねて批判している声が自分の内部で燃え上がってきてしまうのだ。
どちらの考えが正しくて、戦争を引き起こさない考えなのか、そんなことが決まっているわけではなく、
ただただこの、「戦争と平和」という二元性の世界を超えない限り、
それぞれがみる現実の中にはいつまでも争いが消えることはない。
それが、頭では理解できているのに、わたし自身が「自分の考え」というものにしがみついている。
けれども、そんな情けない自分を見つめることで、
「平和、平和と歌っているあんたたちが戦争を引き起こしてるんじゃないか!」という思いにかられて
穏やかになれない理由に今回は気づくことができた。
そう、私の中に
「戦争を怖がっている自分」をはっきりと見つけた。
人が人を殺すこと、血だらけになって・・獣のように
その様子はこの肉体に深く焼きついた人類のトラウマとして私の中にもしっかりと横たわっていて・・
「戦争が怖い」という当たり前のように聞こえるこの声は完全に二元の意識からみた声。
その悲惨な中においてさえ、「ほんとうの今ここの意識」からみれば、
全てが完璧で、全てが許されていて、
ただただ人類のストーリーの世界、幻想の世界を生きているだけなのだということを
忘れてしまっていた。
完全に個の「自分」というものが削ぎ落とされて、非二元を生きていたなら
戦争にさえ、愛を 美しさを見ることができるのだろうに・・。
どんなに、三宅洋平を政治の世界に送り出したとしても、
あるいは逆に、憲法を改正したとしても、
一人ひとりが、「不二自他」「非二元」「空即是色色即是空」・・・これらの境地を味わわない限り
新しい地球をみることはできないのだった。
気分がすぐれない。
憲法改正がどうのこうのではなく、善悪を唱える二元論の空気に完全に包まれているように感じるからだ。
非二元、ノンデュアリティこそ、すべての人類が抱えている問題をクリアにすることのできる立場だと分かっているのに、
子どもの頃から親に立会演説会やら政治経済の話を聞かされていた私は
自分自身が善悪の立場にたってしまい、感情を揺り動かされてしまうのだ。
特にスピリチュアル系の人々が、三宅洋平やら山本太郎やら、
一見純粋そうな内容にいとも簡単に流されて、
連綿と続く日本の素晴らしさを(普段はそういったスピ系の人も日本の素晴らしさをとうとうと語るくせに・・)
すべて失わそうとする勢力がバックについていることも知らずに
彼らに熱くなっている様子を見ていると、
どうも見かねて批判している声が自分の内部で燃え上がってきてしまうのだ。
どちらの考えが正しくて、戦争を引き起こさない考えなのか、そんなことが決まっているわけではなく、
ただただこの、「戦争と平和」という二元性の世界を超えない限り、
それぞれがみる現実の中にはいつまでも争いが消えることはない。
それが、頭では理解できているのに、わたし自身が「自分の考え」というものにしがみついている。
けれども、そんな情けない自分を見つめることで、
「平和、平和と歌っているあんたたちが戦争を引き起こしてるんじゃないか!」という思いにかられて
穏やかになれない理由に今回は気づくことができた。
そう、私の中に
「戦争を怖がっている自分」をはっきりと見つけた。
人が人を殺すこと、血だらけになって・・獣のように
その様子はこの肉体に深く焼きついた人類のトラウマとして私の中にもしっかりと横たわっていて・・
「戦争が怖い」という当たり前のように聞こえるこの声は完全に二元の意識からみた声。
その悲惨な中においてさえ、「ほんとうの今ここの意識」からみれば、
全てが完璧で、全てが許されていて、
ただただ人類のストーリーの世界、幻想の世界を生きているだけなのだということを
忘れてしまっていた。
完全に個の「自分」というものが削ぎ落とされて、非二元を生きていたなら
戦争にさえ、愛を 美しさを見ることができるのだろうに・・。
どんなに、三宅洋平を政治の世界に送り出したとしても、
あるいは逆に、憲法を改正したとしても、
一人ひとりが、「不二自他」「非二元」「空即是色色即是空」・・・これらの境地を味わわない限り
新しい地球をみることはできないのだった。
」
