日経ほぼ朝コメント

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こんにちは。クローバー

 

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(全文掲載します)

 

空を見るのが好きで、しょっちゅう眺めている。空がよく見える土地に長く暮らしてきたせいだと思う。

とはいえ、夜更けてひとり、闇に包まれながら見上げる空は少し怖い。夜の精霊たちがひそひそとまわりに集まってくるような感じがする。音もなく瞬き続ける星々は、じっと見ていると、吸いこまれていきそうになる。それでも、よく晴れた冬の晩など、ダウンを着込んでマフラーを何重にも首に巻きつけ、気づけば外に出て空を眺めている。やっぱり好きなのである。

物理にも科学にも浅学非才、無知同然なのに、TVで宇宙に関する科学情報番組を見つけると、必ず観(み)てしまう。空が好きなことと関係があるのかどうか、自分でもよくわからない。つい最近もそんな番組を観て、宇宙の年齢が138億歳であること、そして、「宇宙は球形をしている」という仮説が、20年ほど前にロシアの数学博士によって初めて証明された、ということを知った。

宇宙は球形をしている、と聞けば、やっぱりそうか、よかった、と安堵する。かたちもなく無限に拡(ひろ)がっているばかりで、始まりもなければ終わりもないのだ、と言われるよりも遥(はる)かに素直に納得できる。

とはいえ、宇宙が球体として存在するならば、その外側はどうなっているのか。別の宇宙が連なっているのか。

それとも、ただの、広大無辺な「無」が拡がっているだけなのか。時間の存在しない、果てしない「無」が。……考えれば考えるほど、脳の中がざわめいてくる。

私は20代のころ、子どもを作らない人生を選択した。そのせいだろうと思われるが、時間の流れ方が人と異なっているように感じることがしばしばある。

子どもがいれば、子どものライフイベント(入学、卒業、就職、結婚など)が、親の時間を区切っていく。ある種の節目、ひとつの目標、ゴール、のようなもので、それは子どもをもつ人々が共通して持っている時間のリズムと言える。

一方、子どものいない生活の中では、知らぬ間にその種の感覚が希薄になっていかざるを得ない。私たち夫婦が、年中行事を忠実にこなしてきたのも、無意識のうちに自分たちで時間の節目を作ろうとしていたからだと思う。

まわりから呆(あき)れられるほど、なんでもやった。正月の飾りつけ、おせち作り、節分の豆まき、雛(ひな)祭り、クリスマス……。

夫の肺に、手術不能ながんが見つかる直前のクリスマスの夜。私たちは翌年に起こることなど想像もせず、いつものようにローストチキンと小さなクリスマスケーキを用意し、暖かな自宅で過ごした。

数日前に降った雪が庭を白く染めていた。よく晴れた日だったので、気温はぐんぐん下がっていき、氷点下の凍(い)てつく空では月が静かなつめたい光を投げていた。

折しも、つけっ放しにしていたクラシック専用の音楽チャンネルからは、アメリカの現代作曲家、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が流れてきた。

私は窓のカーテンを全開にし、室内の明かりを消した。ガラス越しに青白い月の光が射しこんできた。庭の小さなフェイクツリーの枝に雪が積もっているのが見えた。クリスマスカードの中の樅(もみ)の木みたいだった。ツリーに巻きつけた水色のイルミネーションが規則正しく点滅していた。

夫が言った。「この曲ってさ、ケネディの葬式の時に流れたんだよ」

何でもよく知っている男だった。私たちはケネディが暗殺された時のことを話題にし、クリスマスケーキを余さず食べ、コーヒーを二杯ずつ飲んだ。

どうでもいいような情景が、次から次へと甦(よみがえ)ってくる。寄せては返す波のように、とどまることを知らない。

記憶は連環し続け、流れる時間もまた、行きつ戻りつを繰り返す。球形の宇宙の中のみならず、ちっぽけな私の意識の中でも、それらは今も同じようにぐるぐると、飽きることなくまわり続けている。

 

 

 

記憶は連環し続け、

流れる時間もまた、

行きつ戻りつを繰り返す。。。

 

 

本当にそうだと思います。

 

 

 

2022年はあまりブログが書けません

でしたが、2023年はきっともう少し、

書きたいと願いつつ・・

 

 

 

今年もありがとうございました。

皆さまよいお年をお迎えください。おすましペガサス

 

 

 

 

おはようございます。クローバー

 

 

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(抜粋します)

 

和菓子は今日も新しい 意外性あふれる「五感の芸術」

アンデルセンの小説から名を取った和菓子「アントニオとララ」はハーブや洋酒を効果的に使う。販売時に添える紙には菓子の背景を記す

ハーブに洋酒、新鮮なフルーツ――。様々な食材を自在に使って作る和菓子が近年、注目を集めている。和菓子らしくない、と見る向きもあるかもしれない。しかし意外性あふれる歴史をひもとき改めて眺めると、そこには確かに受け継がれる伝統や、深い楽しみが浮かび上がってくる。

外側はさっくり、内側はかんきつの香るゼリー状の「鉱物の実」は、果実が化石になった姿を想像して作った

真新しい感性をまとわせて

「菓子屋のな」は京都の路地裏にある小さな店だ。2020年の開業以来、年代を問わず客足が絶えない。年間を通じ販売する看板商品の名は「アントニオとララ」(一番上の写真)という。

皿に盛られたミントやセルフィーユなど鮮やかなハーブの中に、黒と黄色のつややかな餡(あん)子玉が1つずつ。黒い方はほろ苦い焦がしキャラメルと合わせた餡で、ラムレーズンを包んである。「アンデルセン作『即興詩人』の主人公、アントニオが人生に翻弄される様をほろ苦いあんに託しました」と、店を営む名主川千恵さんは話す。

店に立つ菓子屋のなの名主川千恵さん。「季節の素材と好きな言葉を見合わせながら菓子を考える」と言う

一方の黄色は、甘酸っぱいマンゴーとパッションフルーツを合わせた餡の中に、ゼリー状のキウイ羹(かん)が隠れている。作中の盲目の少女、ララの内にある情熱へのオマージュだ。2つの個性はハーブの爽やかさに彩られ、作品世界と重ね合わせると味わいは一層深い。

和菓子は「五感の芸術」といわれる。特徴的なのは味覚や触覚などに加え、聴覚でも味わうことだ。和菓子には「アントニオとララ」のように「菓銘」と呼ばれる名をつけることが多い。例えば秋のモミジをかたどった菓子にはしばしば「竜田」と銘がつき、紅葉の名所の竜田川や、かの地を詠んだ和歌の数々を思い起こさせる。菓銘を聞くことで「菓子の向こうにイメージがふくらむ。菓子は食べればなくなるけれど、言葉の余韻は残ります」。こう話す名主川さんを和菓子にひき付けたのも、菓銘の伝統だった。

収穫の秋の風景がテーマの「黄金の秋」。ほっこり甘いかぼちゃ餡の中で、イチジクが存在感を放つ

京都の老舗で修業を重ねるうち、名主川さんには疑問も募った。「多くの菓銘は和歌など古典によりすぎていて、限られた人の楽しみになっている」と思えた。餡子など限られた素材を着色して様々なモチーフを作る、伝統的な製法もだ。イタリアンシェフをしていた夫から「季節ごとに多様な素材の色や味わいがあるのに、なぜ使わない」と言われてはっとした。

晩秋の店に並んだ「夜明けのうた」は、滋味深い黒糖餡のきんとんに潜んだリンゴ餡の甘酸っぱさが、表面に散らした菊の花弁とともに夜明けの光を感じさせる。菓銘は好きな同名の歌謡曲から取ったのだと、「のな」のインスタグラムには菓子の背景も日々つづる。これを見た人たちも「私にとっても思い出の曲」「風景が目に浮かぶ」と投稿を重ねる様子は、これまで和菓子の菓銘が茶席での会話を生んできた伝統とも重なって見える。

黒糖きんとんでリンゴ餡を包んだ「夜明けのうた」。好きな曲から菓銘を取ることは多い

「従来は『のれん』の中に隠れていた和菓子職人が独立し、個性的な和菓子を作る例が増えている」と食文化が専門の森崎美穂子・帝京大学准教授は話す。動きの中心にあるのは和菓子の中でも特に洗練を極めてきた、練り切りなど「上菓子」だ。京都の老舗で修業し、京都で独立する人が目立つ。

上菓子は茶席で使われることが多い。主役の抹茶を引き立てるよう「香りや味で主張しないなど、伝統の枠の中での菓子作りが一般的だった」と森崎さん。フルーツやクリームと様々な素材を組み合わせる洋菓子と異なり、餡など限られた材料を使う。味わいよりは造形と着色の見事さで、優雅な菓銘の世界を表現してきた。雅(みやび)やかな見た目の一方で手を入れる余地も大きいと「インスタグラム普及で個人の表現意欲が高まる中、格好の素材だったのです」。茶道人口の減少もあいまって、「老舗でも触発されるように新たな素材や製法の菓子が増えてきた」と森崎さんは言う。

「御菓子丸」の屋号で杉山早陽子さんがインターネットで販売するのは、そんな新しい和菓子の代表格だ。

自身の工房で和菓子を作る御菓子丸の杉山早陽子さん。大企業と組んで期間限定店を開くなど、和菓子界以外からの注目も高い

冬の菓子「なみのこり」は京都の寺の庭に、枯れ山水の面影を残しながら積もる雪を表現した。りんと冷たい空気を思わせる柚子(ゆず)の水ようかんの上に、雪のように白くふわふわの泡雪羹をのせた。「雪」は口に含むと、庭の木々のような香りも広がる。ヒノキと黒文字の枝葉を蒸留器にかけ、抽出した香りを加えてある。

蒸留器は、野草を蒸留して香り付けしたカクテルをバーで知って導入した。泡雪は洋菓子のムースの製法を取り入れることで、よりふんわりと仕上げた。知り合いに頼んで洋菓子店で働かせてもらい、編み出した製法だ。多様な食のあふれる時代に「和菓子のやり方だけでは限界がある」と考える。

「なみのこり」のテーマは枯れ山水庭園。波を表現した石の起伏そのままに積もる雪は「おいしそうにも見えた」と杉山さん

原点にあるのは、台湾のギャラリーに招かれ、当地の茶と合わせて和菓子を出した経験だ。現地ではドライフルーツを茶に合わせると聞き、「日本の菓子の始まりはタチバナの実」という神話にちなんだ菓子を作った。かんきつを使い、形も果実にならった「鉱物の実」(上から2番目の写真)だ。「見た目だけでなく味や香りも一体でデザインすることで表現に幅や必然性が生まれる。食としてももっと楽しめる」(杉山さん)

自分の作る物は和菓子と言えるのかと、悩んだこともあった。だが洋菓子店で働いてみたことで「やはりこれは和菓子だ」と思えるようになった。洋菓子は乳製品をベースに作るという点に加え「『いちごのタルト』などと素材名に帰着することが多い洋菓子に対し、和菓子は菓子を通して風景や物語を表現するからです」。

「柴」はシナモン入り餡の周りに枝を模した焼き菓子を合わせた。現代の風景を切り取った和菓子が共感を呼ぶ

現代の感性と技術が、和菓子の存在感を一層クリアに描き出す。

変化し続ける、それが伝統

「タチバナの実が菓子の始まり」という神話通り、古代日本の菓子は果実や木の実だった。今「和菓子」と聞いて思い浮かべる菓子の多くは、江戸時代に生まれたといわれる。その下地には遣唐使や禅僧らが中国から伝えた饅頭(まんじゅう)や羊羹(ようかん)、欧州の金平糖やボーロといった海外の食がある。長い時間をかけて取り入れ、江戸時代の平和が洗練させた。

「海外から最先端の菓子を取り入れ続けたのが和菓子の歴史です」。京都で200年以上続く和菓子店、亀屋良長8代目の吉村良和さんは言う。吉村さんの部屋に積み上がる史料は、和菓子のイメージを覆す。

亀屋良長の8代目、吉村良和さん。棚の中には菓子を作るための木型も、古い物が多数残っている

明治時代のレシピには、レモンビスケット、バターケーキなど洋菓子の名前がずらりと並ぶ。菓子の図案を描いた「見本帖(ちょう)」には、クリームで幾重にも飾られたケーキが堂々たるたたずまいで載る。「当時の職人が本などを見て、想像して作ったのではないでしょうか。他の和菓子屋さんもケーキを出していたようですよ」と吉村さん。「『菓子は菓子屋に』と、頼まれてしまえば、挑戦心も湧いたのではないでしょうか」。明治期に入ってきた洋菓子に対して和菓子という言葉が定着し、辞書に載るようになったのも戦後のことのようだ。

明治期のレシピにはビスケットなどが並ぶ。クリームたっぷりのケーキは大正期の見本帖から

様々な史料に向き合い、店の昔の様子も聞いてきた吉村さんは「戦前の方が自由な発想で菓子を作っていた」とみる。「伝統伝統と言い始めたのは戦後になってからでしょう」。経済成長に合わせ、和菓子は飛ぶように売れた。「面白い物を作るより目先の売り上げ、になってしまった」。洋菓子は本格的な専門店も増えた。そうした中で「昨日までと同じことをやって次代にバトンを渡すことが『伝統を守る』こととして目的になってきたと思います」

吉村さんは10年ほど前に大病を乗り越えたことを契機に、伝統への固執を振り切った。店の売り上げ首位は今や、パンにのせてトーストするためシート状にした「スライスようかん」(2018年発売)だ。前例のない商品作りにためらいもあったが、史料越しに見える先人の柔軟さも背中を押した。

リンゴを入れた生菓子(右)など伝統にとらわれない物作り。メレンゲ状の菓子(左)は優しい甘さを特徴とする新ブランドのもの

和菓子の客層の高齢化が一層顕著になるなかで「この5年ほど、老舗が新しい商品を出すことも増えてきた」と吉村さん。戦後から続く空気はいよいよ変わり始めたようだ。

和菓子が取り入れてきたのは海外文化に限らない。季節感は和菓子に欠かせないが「江戸中期、俳諧の影響を受けるまでの和菓子にさほど季節感はなかったでしょう」と歴史学者の熊倉功夫さん。琳派の絵画は多くの和菓子のデザインに応用された。菓銘をつけるようになったのは元禄期に「茶道を筆頭に『物に銘をつける』ことが盛んになったのを取り入れた」と言う。

中でも茶道は「和菓子が洗練されていく上で一番の情報源でした」と熊倉さん。大正期の政財界有力者が茶席向けに、故事来歴などにちなんで趣向を凝らした菓子を作らせたことはよく知られる。戦後も京都の老舗が東京に出店した時には、在京の有力茶人のもとに「毎日菓子を届け、見てもらっていたようですよ」。

和菓子の最大の特性は「菓子の背後に物語があること」(熊倉さん)。季節の情景や歴史など様々な物語を描いてこれたのは、同時代の文化を貪欲に取り込み、変化を続けてきたからこそだ。

京都の老舗、鍵善良房が21年に開業した美術館「ZENBI」はそうした和菓子のあり方を新たな形で表現する。

所蔵品の展示と企画展の同居するZENBI。今は京都滞在時のアンディ・ウォーホルを撮った写真展を開催中だ

戦前の同店は民芸の作家を中心に文化人がサロンのように集った歴史を持つ。特に親しかった木漆工芸の黒田辰秋を中心に、店は多くの作品も所有する。ZENBIではそれらを展示するとともに、祇園の街や店と関わるテーマで企画展も数カ月ごとに開く。企画展に合わせて和菓子も作る。例えば鍵善の紙袋の絵も描く人気画家の山口晃さんの展覧会では山口さんが意匠を考え、「生命の始原」をテーマにするなどユニークな菓子が人気を呼んだ。それらが定番として残ることもある。

同店名物の葛切りも、こうした交流の中で育った。昭和の初め、葛切りは「昔の文献で見るような古くて素朴な菓子だったようです」と15代目の現社長、今西善也さん。それを黒田作の贅沢(ぜいたく)な螺鈿(らでん)容器で常連らに出したのが評判を呼び、今に至るという。「斬新なことを面白がってくれる人の期待に応えようと、菓子を作ってきたのです」(今西さん)

ポップなデザインのらくがん「飴雲」は陶芸作家と鍵善良房社長の今西善也さんとで展覧会向けに考案し、今は定番商品に

今、店には国内外から客が集まる。常連から不特定多数へと客層が移る中でも「物を売っておしまいの商売はしたくない」と今西さん。展覧会や、それと合わせた菓子作りを一つのハブに「僕も同時代のいろんな分野の人たちと面白いものをつくり続ける」。そしてそれは美術館という開かれた場で、広く共有されていく。

伝統を守るとは先人をまねることではなく、先人と同じ精神で創造し続けることだろう。和菓子は現代の空気を存分に吸い、新たな物語を紡ぐ。

 

 

 

和菓子の伝統と言われていたものが

そうであるように、

 

知らず知らずのうちに

自由な発想に制約をかけて

しまっていることがあります。

 

頭をやわらかくして

さまざまなアイデアを

生み出していきたいですね。

 

 

(2022.9.23)

 

 

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございます。おすましペガサス

 

おはようございます。クローバー

 

 

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(抜粋します)

 

学生においても、社会人においても「課題解決」の際に生じる典型的な症例(プチ残念な課題解決)は、下記の3点かと思います。
         
1.思いつき王子、飛びついちゃった姫症候群
        
2.やるのはいいけど、小っさくねー病
   
     
3.アイデアはいいんだけど、それ、誰やんの症候群
       
 今日はこれを解説していきましょう。
       
  ▼
   
 1の「思いつき王子、飛びついちゃった姫症候群」とは、そのまんまです。課題解決のプロセスでは、いずれかどこかで、自分たちにとって「課題」とは何で、どのような解決策を採用するのかを言明しなくてはなりません。
   
 通常、問題には、複数の「課題」と「解決策」の候補がありますが、この多数の「課題」と「解決策」のなかから「ひとつ(ないしは複数)」を「選択」しなくてはならないのです。問題は、この「選ぶとき」です。選ぶときには「どのような課題・解決策」を「選び取ったのか」という積極的理由と、「選びとれなかったもの」は、なぜ「選ばなかった」のかに関する消極的理由が必要です。つまり「ロジック」がいるのです。
  
「思いつき王子、飛びついちゃった姫症候群」は、ここに「ロジック」や「理由」が欠如しています。
  
 単に思いつきで、これが課題だと思いますー(テヘペロ)
   
 いや、よさげだったので、この解決策に飛びついちゃいましたー(テヘペロ)
  
 これが「思いつき王子、飛びついちゃった姫症候群」です。要するに「理由」や「ロジック」、すなわち「論理」が決定的に欠如している。
 これ、笑っておられる方もおりますが、10件の課題解決があったとしたら、半数近くは、この症候群に罹患している、といってもよいポピュラーな病気です。
  
 ▼
  
 2の「やるのはいいけど、小っさくねー病」というのは、課題解決の後期によく発病する疾患です。
    
 いろいろなものごとを調査して、なんとか、かんとか、課題と解決策を決めた。しかし、よくよく考えてみると、その解決策は、たしかに「実行可能」である。
    
 ただ・・・・ひとつ致命傷がある。
       
 もし万が一、解決策を「実行」したとしても、現場に横たわる「現状と理想のあいだのギャップ」はほとんど埋まらない。
  
 これが「やるのはいいんだけど、「効果が小っさくねー=焼け石に水」病です。
  
 この病気は、「現状と理想のあいだのギャップ」と「解決策」のバランスが極端に悪い場合に起こります。「現状と理想のあいだのギャップ」が「マリアナ海溝なみ」に深いのに、解決策のパワーが小さい。たとえば「素潜り」。あたかも「素潜りでマリアナ海溝に挑戦する」みたいなイメージの、バランスの悪い課題解決になってしまいがちです。
   
 ▼
   
 最後3の「アイデアはいいんだけど、それ、誰やんの症候群」は「実現可能性(フィージビリティ)」の病ですね。
 課題の設定、解決策の選択、そして、「現状と理想のあいだのギャップ」を埋めることは、十分期待できる。しかし、ここに最大の難点がある。
     
 アイデアは素晴らしい!
  
 パワポも綺麗だ!
  
 キャッチーなコンセプトも素晴らしい!
  
 しかし
  
 それを「実行するひと(組織)」いない!
(実行するリソースがない!)
  
  ・
  ・
  ・
  
「アイデアはいいんだけど、それ、誰やんの症候群」です。
 アイデアはいいけど、リソースが期待できなきゃ、物事は回りません。つまり「絵に描いた餅」です。
  
 クワバラクワバラ。
   
 ▼
  
 今日は課題解決についてお話をしました。
   
 この3つの病は、学部生レベルでも頻発しますが、社会人においても同様です。ほとんどレベルは変わりません。たぶん、コンサルなどの、一部の職種の人々を除いては・・・。
  
 といいましょうか、おそらく「論理的な課題解決」は、私たちが「日常的に慣れ親しんでいる暮らし方・生活の方法」とは、まったく異なる思考形式なのではないかとも思います。
  
 私たちは、「ごくごく限られた限定合理性」のなかで、場当たり的に、状況的に、出たとこ勝負で生きています。なので、すべてに論理・説明を必要とする「論理的な課題解決」に「慣れ親しんでいません」。だから多くのひとびとが苦手とするのです。
   
 ですが、ひとと組織の課題解決の場合、そこにはコストや投資を必要とします。組織ぐるみで実行する場合には、機会損失も発生しますし、多くのステークホルダーを動かすには論理が必要になります。そこには日常とは異なる「論理的な課題解決=論理的な説明」が求められることになるのだと思います。
   
 4期生(現・3年生)には、今回の卒論を通して、ぜひ、実践的な課題解決にチャレンジしてほしい、と思います。そして、ひとと組織の難しい課題にタックルしてほしい、と願っています。
   
 そして人生はつづく

 

 

 

一個人としては、

日常生活の中で、

いくつもの選択や意思決定をしているので、

 

ついつい

組織上の課題についても

あまり論理的に組み立てずに

アプローチしてしまう

ということなのかもしれませんね。

 

 

 

(2018.7.4)

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございます。おすましペガサス