🇯🇵シラス国の天(アマ)テラス〜11 神武天皇のお后と建国の勅🗾





ニニギノミコトから始まる天孫の男女模様を書きましたが、神武天皇にもネタがあります。





失言連発のニニギくん。

怖くなっちゃった山幸彦。

マザコンで落ち着いたアエズくん。





ときて、後の神武天皇であるイワレビコくんは日向(宮崎県)で妻子を得ます。ここについては特記はないので、サラリと上手くいったのでしょう。





その後、日向を出て、神武天皇として即位したので、それなりの女性を娶る事になりました。日向の妻は捨て置かれてしまう訳です。バンドマンが成功したら、売れない時代を支えてくれた女は捨てられる。お金や地位を得たら新しい女、若い女が欲しくなる。そんな感じですかね。まぁ、日本の初代天皇ですから、それなりのお后が必要だというのもわかります。しょうがない事かもしれません。





そして選ばれた女性はオオモノヌシの娘のイスケヨリヒメでした。オオモノヌシとは国譲りをしたオオクニヌシの分身のような存在です。国津神の代表のような神なので、山の神、海の神、そして国津神の代表の血筋が入ったら最強です。







7人の女性の中にイスケヨリヒメがいました。部下のオオクメが神武天皇に「あの中でどの子が好みですか?」と聞いて、神武天皇は、ちゃんとイスケヨリヒメを選びました。身分とかで選ぶのも大切だけど、好みかどうかが一番大切って事ですね。




そしてオオクメを打診に行かせました。自分でいかないで友達に行かせる。ちょっとシャイ!?と、思いますが、間に人を挟んでの交渉というのは、感情的でなくて良いです。流石、大人です。慎重です




そしてイスケヨリヒメが初代皇后となりました。




(実は神武天皇の恋バナより、イスケヨリヒメの出生の秘密の方が大問題です!古事記最大の大問題と言ってもいい程の謎のプレイが描かれています!衝撃過ぎて私には解説できませんので、知りたい方はこちらからどうぞ!)




ところが、神武天皇が亡くなってから、日向の妻との間の子供のタギシミミがイスケヨリヒメを妻にしてしまいます。タギシミミは神武天皇とイスケヨリヒメとの間の異母弟達を殺そうとし、逆に異母弟達に殺されてしまいました。




せっかく神武天皇が

「天地四方に住むすべての者が、ひとつの屋根の下の大家族のように仲良く暮らすなら、

それはなんと楽しくうれしいことだろうか。」



という建国の理念で始めたのに、早速、兄弟で殺し合いです。素晴らしい理想を掲げても

現実はなかな理想通りにはいかないものです😞




それでも諦めない事。完璧じゃなくていいから、進んでいく事。 まごころ込めていく事。


下記、建国の勅の原文と訳と解説です。


この大らかさが、とてもいいな。と思います。こんな日本で良かった。




【建国の勅】

自我東征(われ ひむかしをうちてより)

於茲六年矣(ここにむとせに なりにけり)

頼以皇天之威(すめらきの あめのいを もちたのみ)

凶徒就戮(あたうつために おもむかむ)

雖辺土未清(ほとりのくには まだきよまらず)

余妖尚梗(のこるわざわひ なほふさげども)

而中州之地無復風塵(うちつくにには またさわぎなし)


誠宜恢廓皇都(まごころこめて おほいなる)

大壮(ひらきひろめる みやこをつくる)

而今屯蒙(いまはこぶ わかいもくらも)

民心朴素(おほみたからの こころはすなお)

巣棲穴住習俗惟常(あなをすとして すむあるといへ)

夫大人立制(ひじりののりを そこにたて)

義必随時(ことわりに したがふときに)

苟有利民(いみじくも たみにりの)

何妨聖造(ひじりのわざに なんのさまたげ あろうとや)


且當披拂山林(やまやはやしを はらひてひらき)

経営宮室(みややむろやを をさめいとなみ)

而恭臨宝位(たからのくらひ つつしみのぼり)

以鎭元元(おほきもとひを もってしずまん)


上則答乾霊(かみはすなはち そらのかみより)

授国之徳(さずけたまひし とくのくに)

下則弘皇孫養正之心(しもにはみまの ただしきこころ やしなひて)

然後(しかるのちには)

兼六合以開都(むつをあはせてみやこをひらき)

掩八紘而為宇(やひろをおほひていへとなさむは)

不亦可乎(またよからずや


観夫畝傍山東南(それにみる うねひのやまの たつみのすみの)

橿原地者(かしはらのちで)

蓋国之墺区乎可治之(くにをおほひて しらしむべし)



【解説】

私が東征を始めてから

ここで六年になった

ご先祖からの天の意志を頼みにして

悪い奴らを討ってきた。

まだまだ従わない者もおり、

まだまだ災いはあるが、

平定した国はおおかた安全にお腹いっぱい食べられ平和にくらしている。


まごころこめて大いなる都をつくろう。

都をつくる為に機材を運んでくれている老いも若きも

みんなの心はとても素直だ。

まだ稲作をしないで狩猟採集生活をしている人もいる

大人の制度をきちんと立てて、ことわりに従って

みんなに良いことをしていこうとする時に

何の妨げがあるだろう。

正しい事を正しくやっていくのだ。


山や林をはらって開いていき

宮や室をおさめて営み

天皇の位に慎んで即位し

もともとをもととして争いの無い

みんなが安心して暮らしていける世の中を作っていく。

ご先祖を辿っていくと天上の神々から

人から奪ったり騙したりする事をしないで、まっすぐな心で生きて、

ちゃんと食べていける国を

我々は授けてもらった


みんなの正しい心を養っていって

四方八方天地をあわせて都を開き

天地四方に住むすべての人が

ひとつの屋根の下に暮らす大家族のように仲良く暮らすなら、それはなんと楽しくうれしいことだろうか。



畝傍山の南東の橿原の地で

稲作をもって、みんなが決して飢えることの無い国をつくっていく、ということをここに知らせていく。



「蓋国之墺区乎可治之(くにをおほひて しらしむべし)」の「治」という字は、水(氵)に、鍬(ム)に、口。稲作を表しています。



「完璧じゃなくていい。出来の悪いのがいてもいい。

正しい事をやっていくなら、必ず天に通じていくから。

みんなでお腹いっぱい食べられる平和な国をつくっていこう。」



アマテラスから「豊かになれ」と、稲を授かったのだから。



日本の国は、こういった理念で、ずっと続いているなんて、とても素敵な事だと心から思います☺️