曲直瀬正円と友達かも
野間玄琢ですが、1590~1645ですが曲直瀬正琳の次男、正円は1588~1616となっています。法橋になったのが前者は1610,後者は」1607、法眼になったのは前者は1617後者は1612です。正円は4年後に亡くなりましたが、玄琢は1623に法印となっています。二人とも、徳川秀忠に仕えています。 ちなみに正円の妻は、曲直瀬道三の享徳院の曲直瀬正純の娘なんです。 これで、鷹峯の野間玄琢、玉林院の曲直瀬正円、曲直瀬正純の菩提寺、十念寺が一本の線でつながりました。 鷹峯と玉林院と十念 寺やはり引き寄せる何か持っています。 このパワーで受験生にエール送ります、医学部受験頑張れ。 さらに推測は続きます、正円の墓地は玉林院ですから、玉林院に野間玄琢も享徳院家も集まっていた可能性がありますね。 やはり、歴史は推測が楽しいね。