そろそろ潮時

 

 

自分自身の悲しみ、イライラ、モヤモヤから逃れられなくなるは

 

人にそのような感情をお世話してもらおうと求めているからではないか点検してみよう。

 

自分で解決できることでも、人に何とかしてもらおうと待ってしまう。

 

こうなってしまうと、待っている間、自分が辛い時間を過ごすことになる。

 

または、そういう感情処理のためにまったく別の何かに依存することになる。

 

 

 

混乱を落ち着かせる

 

人と親密になろうとすると、途端に身体が不安で緊張し、頭も混乱することがある。

 

人は危険で怖い、きびしい、そして、自分はどこかおかしい等の認知の歪みに気がつく。

自分は間違うし失敗も多いけれど、いい人だという事実に気がつき、自分に落とし込む。私はいい人。私は間違っても失敗してもそこから学べばいいだけのこと。

 

 

 

ハラスメントを理解する

 

過去にモラハラ、虐め、支配コントロールされて、脳にPTSDをおってしまった。

 

まるで、それは事故に遭ったような衝撃であったことを客観的に知る。

 

私って、無知だったためにそのような事故に遭っていたんだ。

 

その後遺症として、何でもない人に対してまでも恐怖心を持ってつながれなくなってしまったり、

 

自分のことをダメだと劣等感などを持って自己実現がさまたげられたりしているんだな。

 

さらに、そのことを思い出す度に、悪い方へ悪い方へ考えてさらに不幸になっていくよう。

そうではなくて、そのことを思い出す度に、良い方へ良い方へ考えて幸せのタネにしていく理解の仕方が大事。

 

 

 

自己受容

 

 

もともと親が怖かったり、予測不可能な反応を示したりする人だったりして、

 

子どもの自分が怯えていた為に、

 

気がつくと、人から利用され搾取されマウンティングされるようになっていった。

 

だから、不安で人を信用できなくなったり自己評価が下がったりする。

 

そんなことばかり繰り返していても、もう、年齢的にも自分の限界が見えてきて、

 

人生を変えて自分らしくさわやかな気持ちでのびのび生きたいと思っている。

 

そういう出来ない自分も、期待しちゃう自分も 両方全部自分だと認める。

 

 

 

考える

 

 

自分は本当はどうだったら良かったのかな?

 

人と信頼関係が持てて、優しくて温かい交流が出来たらよかったのかな。

 

でも現実は、葛藤があったり、そんなに丁寧に扱われるばかりではない。

 

せめて、現実を自分の良い方へ変えていけないか考えて行動を起こそう。

 

過去のことはできるだけ、いい記憶に書き換えていけるようにして

 

今が生きやすく、未来が快適になることを選んでいく。

 

 

 

 

想像する

 

〇ヶ月後の家族の笑顔、自分の発する言葉、「うれしい。ありがとう。これから、もっとつながって楽しもう。」

 

〇ヶ月後の家庭は明るくて清潔であたたかい交流がある。

 

家族でゲームをする。 記念写真を撮る。カラオケをする。 公園に行く。

 

ライブに行く。美味しいものを食べる。温泉に行く。

 

 

それを、1年後、3年後、5年後も繰返す。

 

 

 

共育ち家族構築

 

 

一緒に過ごす

愛情を信じて

協調し合って

 

認め、褒め、励まし合う

 

最後に「よかったね」と言ってさよならする。