杉山登志郎 著 · 2018 · 被引用
自我状態療法―多重人格のための精神療法 杉 山 登志郎 福井大学子どものこころの発達研究センター
自我状態療法の基本的な流れは,以下の一連の治療で ある
1)自 我状態にアクセスする,
2)自己と内的システムについ て理解する,
3)自我状態間で話し合いや交渉を行う,
4) それぞれの欲求を満たす,
5)自我状態間に平和をもた らす,
6)トラウマ処理を実施する
具体的な治療の手技を説明する。
最初にクライエント の体の安全感がある場所を特定し,
イメージでその部位 に,
芝生の公園とその中の小さな家を思い浮かべてもら う。
イメージの中でその家の中に入って,
地下室の階段 を降り,
地下室で様々な自我状態に会う
というのがスタ ンダードなやり方である。
筆者は簡易版を愛用しており,その具体的な手技を説 明する。
1)家の扉を開けて部屋に入り,「みんな集まれ!」 と呼びかけ,パーツに集まってもらう。
もちろんここで 全員が出てこない場合もしばしばある。例えば,部屋の 奥に鍵のかかった場所があって,そこに隠れているパー ツがいたとしてもそれは,それで良い。
2)それぞれのパー ツの年齢と性別,名前を確認する。
名前が分からない場 合にはこちらから提案することもある。
3)集まったパー ツ全員への心理教育を行い,みんな大事な仲間であることを告げ,つらい記憶を抱えてそれぞれのパーツが産ま れたことを説明する。
どのパーツも,産まれることが必 要であったからこそ産まれたのである。
みんな平和共存, いらないパーツなど 1 人もいないし,消える必要もない ことを説明する。
この「平和共存,みんな大切な仲間」 というメッセージが一番大事なキーワードになる。
4) 次に,年齢の一番低い子どもにアクセスして,つらかっ た記憶に対し,EMDR を用いて処理する。
EMDR の一 般的なプロトコールは,否定的自己認知,肯定的自己認 知,
それぞれの強さの測定,身体的な感覚の聞き取り, その後に眼球運動を行う,という順になるが,
筆者は眼 球運動のみならず,左右交互に振動を作るパルサーを用 いた処理を用いるなど,
患者の特性に合わせて柔軟な対 応を行っている。
5)処理が終わったら互いに尊重し合い, 記憶をつなぐことを約束し帰って来る。
これを繰り返すのであるが,
最年少のパーツから処理 を行うのには理由がある。
多重人格が生じる病理を考え て欲しい。
最年少のパーツとは,その年齢において,ク ライエントが,統合が出来ないトラウマ的な事象に遭遇 したことを示しており,
その時点からの治療が必要にな る。
トラウマ処理は何度かに分けて行う方が安全であ る。
次回のターゲットは暴力人格にアクセスすることが 多い。
その理由は,暴力的なパーツとは,クライエント の守り手であるにも関わらず,その暴力性の故に他の パーツから忌避されていることが多いからである。
暴力 人格がクライエントを守ってきたことに対し,全パーツ が感謝し,
暴力的なパーツが他のパーツとの間に記憶を つなぐことが出来るようになれば,
多重人格の治療は 大きく進む。ある重症な多重人格の症例で,暴れまくる 暴力人格の扱いに非常に悩まされた経験がある。
だが最 終的には,その人格は,患者が夫をナイフで刺したとき に生まれた人格であることが明らかになった。
幸いに服 が厚く,刃は届かなかったのであるという。
そうして明 らかになってみると,それまでこのパーツは患者の夢の 中で真っ黒で,他のパーツと壮絶な殺し合いをしていた はずが,同じく患者の夢の中で,飲み屋の片隅でひっそ りと酒を飲んでいる無口な中年の男性であることが明ら かになった。
つまり全く怖い存在ではなくなったのだ。
Paulsen (5) はその著書の中で,「モンスターはそのコス チュームを脱ぐと,中から傷ついた子どもが出てくる」 と記している。本当にそのとおりなのだ。
全パーツの記憶がつなげられるようになれば,人格の 統合は必要ない。
皆でわいわいと相談をしながら生きて 行けば良く,適材適所で対処することにより,むしろ高 い能力を発揮したりする。
私の解離パーツ
1,怒りさん、2歳、女の子
2,寂しささん、4歳 女の子
3,恥さん、5歳、女の子
起源
1,両親のケンカを止めに入った時、逆に両親の怖い顔に驚き 怒り恐怖症にかかっている
2,夜中の留守番、両親が夜中に飲みに出かけて行く後、電話が鳴る。ゴキブリを見る。車のライトを見る。などで怖気づいている。
3,両親のケンカでののしり合う言葉を自分の取り込んでしまう。トラウマ。「お前はバカだ。一人では寂しい、分からない、出来ない。おまえは気違い、おかしい、二重人格。男と女は理解し合えない。」
心理教育
A,感情は感じていい。麻痺させない。
B,今はもう無力な子供じゃない。
C,不幸な子供時代を認め、あきらめ、幸せになる新しい行動を起こす。
D,超自我を緩め、自我を確立し、自分を大切にする。
E,
インナーピース
A,全ては宇宙、宇宙は愛、私も宇宙、私はありのままで 存在していい存在である。
B,全ては進化発展している。私も自分のペースで発達成長している。
C,人間は群れの動物、自分に合った居場所で生きていけばいい。



筆者は現在,チャンス EMDR(付 1)を援用した簡易 トラウマ処理を複雑性 PTSD の子どもとその親に外来で 愛用している。通常のプロトコールに従って EMDR を 複雑性 PTSD の患者に実施すると,トラウマの蓋が開い てしまい収拾がつかなくなることが希ではない。当初筆 者は,安全性を重視して,短時間の処理を行うことで, トラウマの内部圧力を徐々に軽減させるというイメージ でこの簡易処理を行ってきたが,徐々にこのやり方の方 が複雑性 PTSD に最適なのではないかと考えるように なって来た。子ども虐待のような複雑性 PTSD は,言語 化が極めて困難であり,焦点化した言語化は危険ですら ある。しかしこのトラウマ記憶は身体的な違和感として, もやもや感,イライラ感として体感することは可能であ る。この違和感を,左右交互刺激と呼吸法によって,体 から抜くことが出来る。それを何度か繰り返すうちに, トラウマが底をついてくる。 具体的なやり方を簡略に記す。トラウマ処理の前に, 子どもも大人も安全な場所の確認が必要である。安全な場所をイメージすることができない場合も多いが,大切 にしていたペットや,成人女性の場合ゆっくりと風呂に つかっているといったイメージを選択することが多い。 トラウマは身体の中に外から押し込まれた異物である。 吸気は,地面から気を吸い上げるというイメージで,胸 郭呼吸により深く吸い込む。呼気は,頭の頭頂から,も ろもろの押し込まれた不快記憶や歪んだ自己イメージと 共に,強く上に抜く。 最初のターゲットは日常的に悩まされているフラッ シュバックである。体のもやもや感を確認し,握った手 を体のその部分に当てて処理に入る。パルサーの速度は, 患者に合わせて調整をするが,20 回程度の交互刺激を 2 セットに上記の呼吸法を行う。続いて安全な場所のイ メージによって,数セット交互刺激を加え,開きかけた トラウマのふたを閉じる。これだけのワークでも,夢に 出たり,不快なフラッシュバックが生じたりする。2 回 目から 4 セット法によるトラウマ処理に入る。第 1 セッ トは,両側の肋骨下縁の上腹部である。パルサーを両手 で握り,この部位に押し当て,20 回ほどの左右交互刺 激を加え,その後,上記の呼吸を行う。第 2 セットは両 鎖骨の下縁である。同じく 20 回のパルサーによる交互 刺激,後に深呼吸を行う。第 3 セットは,後頸部である。 ここは除反応が生じかけた時に頭痛が生じる部位であ る。同じく 20 回の交互刺激,深呼吸をする。最後にこ めかみ部分に当て,同じく 20 回の交互刺激,深呼吸で 終了する。この 4 セット方は全体の実施時間はわずか数 分で実施ができる。この4 セット方による効果は著しく, 「すごく軽くなった」「すっきりした」という感想を語る 患者が多い。子どもの場合には,固まっていた身体がに わかに柔らかくなり,顔の緊張が緩むのが認められる。 不快が残るときは,安全な場所を想起しての交互刺激を 2 セットほど行えばさらにすっきりする。