お彼岸の「お中日」と聞いたものです。もちろん春分の日です。お彼岸そのものを言わなくなっていますから残りようがありません。いつから彼岸かもわからなくなっています。昨日は寒かったですね。子供のころの聞き覚えはしっかり残るようです。子供ですから正確に理解していない場合もしばしば。ほほえましい誤解?中日ドラゴンズですかなんてあるかもしれません。笑う?巷には時代の急速な変化によって使わない言葉ばかりです。巷はちまたと読みます。
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8年度の打ち合わせをしました。その時はあまり思いつかなかったのですが、家に帰ってから思い出してきました。やりたかったのはこのことだ。「駅の周辺には何があったらいいか、施設やお店」とか、「田んぼの役割」「下水の話」「心を伝える方法、手紙や手ぶり身振り」今まで考えてきたものとずいぶん違ってしまいました。果たしてこども教室の禁止事項「教えること」になってしまうのか疑問ですが提案してみましょう。
昨日閉会しました。最後は副市長再任議案でした。反対の議員もいました。4年前県職員であった副市長を議決したときもそうでした。白岡という、うちにこもる、他流試合をしない、農村体質のカイゼンのためには外部の血を入れる必要があります。また副市長は政治家であり事務レベルのルートの情報では本当の仕事はできません。今までの副市長は単に事務屋のトップだったのです。そいうことは理解のほかのようです。都市化している白岡にいる議員は都市になることを考えてほしいと強く思いました。
昨日は18:30分からの市立学校適正規模・適正配置審議会でした。会場が旧大山小学校、現在の教育委員会の庁舎ですから、傍聴もちょっと辛いものがあります。審議も資料も豊かなものでありいいと思います。時代の変化は激しく、正解はなかなか出しにくいと思います。何かを軸にするとすれば、学びにおける集団の規模や協働をどのくらい伝えられるか。大山小の廃止の時もそうだったはずです。子供達のために。
発行日だそうです。私は12歳、浅草の伯母の家で初めて見ました。やはり印象は強くあります。だってその後の隆盛ですから。歴史の証人のような気がします。同世代のいとこが多かったのでそれもあるかもしれません。学生のころまでそんな漫画にはなじみました。今はなじめませんが、先日トヨタでタイヤ交換を待ちながら今の漫画を見てみましたが、絵からダメなのですね。おそ松くんですから。変化は当たり前です。あるいは見せられるものになじむ。