この猛暑は明らかに気候変動によるものです。猛暑はさらに高温をもたらすとすれば、どんな事態が起きるのでしょう。電気でやっと克服しているとすれば限界は目に見えています。先日も「遠くで発電し、電線で送電する時代の終わり」を感じました。電気の地産地消を言うならば、大量消費する都市は不可能になります。いよいよ終末が天変地異として見えてきたような気がします。政治家は遠くを見なければならないとすれば世界中の政治家が失格というこことになります。

2か月、手塩にかけて実現した、議会報告会が昨日実施されました。参加者は20人弱、決して多くはありませんでしたが、目的に近い「和やか」なうちに終わることができました。何よりも、市民の方が議員席に、議員が執行部席に初めて座り発言しました。おひとりの方に、「やはり、議場はじゅうたんがふかふか」と聞いてなるほどと思いました。季節が適当でなかったのか、市内に行事が多かったのかとも思いました。

メンバーが旧交を温めました。昨日の6時という集合時間は、ちょうど雷雨の頂点で、皆さんそれぞれ工夫をして早めのおいででした。私はひどい降りは、窓から垣間見るだけで済みました。皆さん静かに暮らしている様子をお聞きしましたが、一人だけそうでもない人もいたようです。その人の都合で暑気払いになったようです。再会を期して帰りました。

過疎地で発電し、電線で送る時代は終わりにしましょうと言えないのですね。たぶん大都市は成り立ちません、しかしこのことは言わなければいけません。大都市はどう考えてもエネルギーの面でも過疎地の犠牲の上に成り立っています。これからこの動きは加速します。電力に関する本当の話を早く始めたほうがいいですね。嫌なことを後回しにしないで。

オルテガイガセーの「大衆の反逆」を読んだ時の衝撃は今も忘れられません。そして反逆は今も続いています。指導者に対する尊敬や信頼を捨てれば自己主張だけが異様に残ります。そして自らが指導者になります。動物化した社会の様相です。自国第一主義でさえ他国を尊重することによって実現することに想像力が及ばないのです。実は解決は、格差をなくし、金権主義を無意味にすることなのかもしれません。しかし、そうした財産税、年々財産を減らしていく税法などは普及しません。まだまだ可能性があると思いたい。