アンサンブル・ソナーレ第31回定期演奏会へ | takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

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音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

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一曲目のモーツアルトの交響曲第32番が始まるや、おっこれはアマチュアオーケストラの弦の音だ、と思った。主題がどう扱われ、どう繋がっているのか、注意深く聞いていないと良く聞こえないことが多かったが、あまり聴く機会の多くないこの曲にもモーツアルトの良さがたっぷり詰め込まれていることは十分分かった。聞こえにくかったのは、演奏会の始まりの曲で少々弦楽の方々が気後れしていたのと、金管が強すぎたためだろうと想像。しかし暑い季節に涼しくて雰囲気の良いホール(調布市文化会館たづくり くすのきホール)でこういう時間を過ごせることは素晴らしいことだ。演奏会のことを知らせていただいた団員の方に感謝、感謝。

 

因みに、どんな曲だったのかを確認したくて、帰宅後我が家にあるノリントン/シュトゥットガルトの演奏でこの曲を聴き直してみた。そして、ははーん、この曲は弦楽にかなりの艶が要る曲であり、しかも洒落っ気が必要な曲だったのだなと思った。

二曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調。おー、意欲的な選曲だ! この曲を定演に掛けるくらいだから腕に自信がある楽団なのだろう、と招待いただいた時から思っていた。そして今回出掛けるにあたって一番楽しみだった曲でもある。果たしてどんな演奏が繰り広げられるのか!?

演奏はきちんとメンデルスゾーンのロマンチックな響きを出していて、限りのある楽団の能力を指揮者が上手にバランスを付けて稽古を付けたのだろうと想像しながら聴いた。モーツアルトの時あれっと思った弦のボリュームであるが、逆にそれが良き伴奏者たらしめたのかもしれない。

ヴァイオリンのソロというのは必然的に見栄を切ったり、意識的にテンポをはみ出したりするもの、と私は思い続けてきたのだが、この日の独奏者上田圭さんは至ってオケと協調的だった。こういうソロでこの曲を聴いたのも初めてであり、大いに参考になった。

 

後半のステージがルロイ・アンダーソン名曲集で開始されると会場が一気にぱあーっと明るくなった。プログラムによると、作曲者がボストン・ポップス管弦楽団の作曲者・編曲者に就任してから作曲された曲だそうだ。聴いていてびっくりするくらい幸福感に満ちた演奏で、ゆったりとリラックスしたひと時を過ごすことが出来た。嬉しい限りである。この日4曲演奏されたルロイ・アンダーソンの中では「ブルータンゴ」と「ワルツィング・キャット」が特に気に入った。メディアを通してたまに耳にする彼の曲であるが、こうして舞台で演奏されるのを聴くと全く別の良い印象を受けることが実感され、またまた、演奏会のことを教えてくれた友人への感謝の念が湧いてきた。ポップスコンサートなどで纏めてたくさん取り上げられるとすぐに飽きてしまう気がするけれど、こういうプログラム建てだとほかのプログラムも映えるし、ルロイ・アンダーソンの良さもはっきりして良いように思えた。

さて最後はエルガーの行進曲「威風堂々」第一番。大音響で盛り上がって演奏会を終えるつもりだな、とばかり想像していたのだけれど、この日の趣向はちょいと違った。このオーケストラだけ、というわけではないのだけれども、このオケにも在籍したことのある作家がこのオケにもヒントを得て書いた作品を映画化した「オケ老人!」(11月11日封切り予定)の関連である。主演は杏。その演技を指導したのはこの楽団の指揮者であり、楽団もエキストラ出演したことが紹介され、制作側の数人が舞台に上がって映画制作の様子を紹介したり宣伝したり、と、予想外のイベントが挟まれた。
威風堂々の演奏は大音響一点張りでは全然なくて、それなりのバランスを取りながらのシュアーな演奏で進められた。そういうところに指揮者の音楽づくりが表れていたのだろう。そしてクライマックスに入る直前のテンポを落とすところでまんまと指揮者の術中に嵌められ、ぞわぞわぞわっと感激してしまったのだった。この曲に限らず、多くの音楽的発見をさせて頂き、大変ありがたいコンサートであった。

 

「オケ老人!」のチラシを参考までに掲載しておきます↓

 

「オケ老人!」チラシ