タカアンドトシってあのお笑いのタカアンドトシ?なかなかいいよね -9ページ目
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タカアンドトシの出演番組

タカアンドトシの出演番組


テレビ


ラジオ


過去(単発での出演も含める)の出演番組


テレビ


タカアンドトシの出演ラジオ


タカアンドトシ出演CM


タカアンドトシの DVD

  • 「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」2006年10月25日発売
  • 「新宿南口連続殺人事件」
  • 「月刊DVDよしもと本物流」(Vol.82006.2月号青版)
  • 「M-1グランプリ2004」
  •  「M-1グランプリへの道 起の1」
  •  「M-1グランプリへの道 転の2」
  •  「漫服」 メンバー


     「漫服」

タカアンドトシってどんな漫才師

タカアンドトシは、北海道 出身の漫才 コンビである。1994年 5月に結成し、吉本興業札幌事務所 (札幌吉本)からデビュー。北海道で活動した後、2001年に上京し、吉本興業東京本社 の所属となる。正統派しゃべくり漫才 を繰り広げる。略称「タカトシ」

札幌時代のコンビ名の表記は「タカ& トシ」で、2001年 の東京進出の際に「&」を「アンド」に変更した。

タカアンドトシは、北海道 出身の漫才 コンビである。1994年 5月に結成し、吉本興業札幌事務所 (札幌吉本)からデビュー。北海道で活動した後、2001年に上京し、吉本興業東京本社 の所属となる。正統派しゃべくり漫才 を繰り広げる。略称「タカトシ」

札幌時代のコンビ名の表記は「タカ& トシ」で、2001年 の東京進出の際に「&」を「アンド」に変更した。



メンバー


タカアンドトシの経歴

  • 中学時代にコンビを組む。コンビを組む切っ掛けとなったのは、タカが通っていた中学校にトシが転校してきたことから。お互いに違う高校に進学するも、週末にはお互いの家でネタ作りを続けアマチュアとして活動。高校3年生の時に吉本興業札幌事務所 主催のオーディションを受け、本格的にプロとして活動を始める。(吉本では次長課長 などNSC 13期がほぼ同期にあたる)
  • 当初は「北海道のお笑いを盛り上げよう!」を目標に、後輩のBコース アップダウン らが次々と東京に進出する中、ローカルに根ざした堅実なお笑いで、今の札幌吉本の礎を築く。
  • 「欧米か!」のフレーズで有名だが、「欧米か!」の由来は漫才のツッコミのセリフからであり、「高校の旧友と再会」という漫才のなかでトシが「欧米か!」と頻繁にツッコむパターンがフィーチャーされたことから。そしてこのフレーズを足がかりにして2006年は結成以来最も忙しくなり、最高の年になった。
  • 平成18年4月~9月に放送された東海テレビの「音楽魂! 」において、初のMCに挑戦した。また2007年4月から放送される同番組の「タカアンドトシの音楽魂か! 」は初の冠番組となる。


タカアンドトシの受賞歴


タカアンドトシの芸風

  • 最初は普通の掛け合い漫才だったが、「面白いけど、何かが足りない。」と言われ続けたため、現在のトシが連続で「○○か!」(欧米か!・女子か!・子供か!など)とつっこむパターンを生み出した(だが最近でも極稀に普通の掛け合い漫才もする)。最近では「○○か!」のネタを量産しているため「芸が荒くなった」、「普通の掛け合い漫才の方が好き」などの批判や意見もある。これ以外に、「笑っていいとも! 」などゲスト出演の時は、ショートコントを披露する時もある。
    • この「欧米か!」はお笑いでは明石家さんま とんねるず ナインティナイン 岡村隆史 ウッチャンナンチャン 、落語界では、三遊亭楽太郎 、お笑い以外ではSMAP 中居正広 香取慎吾 丸山和也 吉幾三 など色々な芸能人に気に入られている。しかしさまぁ~ず の三村とかぶっているのか「欧米かよ!」と真似られることもあった。「欧米か!」以外にも「○○か!」には色々な種類がある(「昔か!」「大人か!」「子供か!」「女子か!」「居酒屋か!」など)。
    • 中盤からタカがトシに対してネアンデルタール 正岡子規 ガンジー タピオカ クリリン などと茶化したり、ゴロの似たパターンやツッコミボケを披露する(「欧米」→「南米」、「女子」→「上司」など)。ちなみに、この時トシは上を向いている事が多い。
    • また、ネタの中盤から終盤まで韻を踏んだツッコミボケをする(「子供か!」のツッコミに対して「衣か!」や「児玉 か!」など)。加えて、オチでは2人で同時にツッコミを入れて終わる場合もある。
    • この形式で漫才を作る際はツッコミのフレーズ(「○○か!」の○○の部分)を先に作ってから、それに合ったボケを付けるという形をとっている。
    • このスタイルを確立するまでの漫才もかなり評価されていた。爆笑オンエアバトル では無敗。M-1グランプリ では開催開始の2001年から連続で準決勝へ進出。2004年のラストチャンスでは遂に決勝へ進出し笑い飯と同率4位へ輝いた。


タカアンドトシの逸話

  • 遠足のネタのオチは2種類ある。1つは「迷子になった後藤君が陰からひょこっと水死体で発見され、先生が『OH MY 後藤』と言う」パターン。もう1つは「迷子になった後藤君が陰からひょこっと出てきて『恥ずかしげながら帰ってきました』と言って敬礼する」パターン。前者は爆笑オンエアバトル で9回目の挑戦の時(結果:453KBで2位通過)などで披露。後者は爆笑オンエアバトルで16回目の挑戦の時(結果:509KBで1位通過)など今では殆ど後者を使用。
  • テレビで披露する漫才の他にも単独ライブ等ではコントも披露する(ちなみにエンタの神様 でのコントでは漫才と同じように「○○か!」ツッコミのコントをやっているが単独ライブ等で行うコントでは「○○か!」ツッコミのコントはほとんどない)。他にも2006年6月の漫才ツアーでは「ナルシスト漫才」「噛んだら終わり漫才」なども披露(このツアーで披露した「英語漫才」は2006年10月1日 放送の笑いの金メダル2時間スペシャル内のコーナー「ボケモン」で披露)。
  • 「○○か!」だけでなく、「そーなんだ」という新ネタもある。
  • 2006年10月に発売したDVD の「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」が6万枚以上のセールスを記録。番組をまとめたもの(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! など)以外では2005年2月に発売したアンガールズ の「アンガールズ 単独LIVE ~88~」4万超え以来の快挙。
  • 最近はタカのつく嘘もネタになってきている(島田紳助 ロシア 人っぽいと言われ、お父さんがロシア人といって嘘をつくなど。直後にトシが「欧米か!」と突っ込む)。その嘘は特徴があり、実際にあったかのような嘘である。
  • お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル 」でタカは歌がうまいがトシは下手だということが分かった。
  • 同番組で2回目出場したときにはトシがハモリを失敗して、3回目の出場の時には「トシに歌わせたから負けた」というようなことをMCたちに言われていた。
  • いきなり!黄金伝説。 」(テレビ朝日系 )でのカラオケで100点を目指すというコーナーにタカアンドトシが挑戦したところ、周囲の予想に反して最終的に100点をとったのはタカではなく森山直太朗 の「さくら」を歌ったトシで、同曲を14回も歌ってやっとのことだった。
  • 2007年 1月2日 放送の芸能人格付けチェック において、芸人からの選抜として、バラエティチームに選ばれるも、「映す価値なし」となってしまい、画面から消えてしまった。
  • 先輩として次長課長 河本を慕っているが、実はほぼ同期である。(年齢は下)
  • 札幌吉本出身のタカアンドトシは、福岡吉本出身の博多華丸・大吉 と何かにつけ比較される。
    • 両者共、吉本興業の地方事務所の1期生であり、看板タレントであった。タカアンドトシは吉本興業札幌事務所開設時のオーディションを経て、1994年に1期生としてデビューし、やがて札幌吉本を担う主力芸人となった。華丸・大吉も、吉本興業福岡事務所開設時のオーディションにより、1990年に1期生としてデビューし、瞬く間に福岡吉本を代表する売れっ子芸人となった。因みに両者共、吉本入りする際には、1回目のオーディションで落とされている。
    • 両者共、ツッコミ役に交際歴の長い彼女が存在する。タカアンドトシのトシには2007年2月現在で交際歴13年の彼女がおり、写真誌でも熱愛ぶりが報じられた。華丸・大吉の大吉も、交際して11年の彼女がいることを2007年1月のテレビ番組出演時に明らかにした。両者共、結婚間近とも言われている。
  • 2007年3月1日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした 」では、タカが海外ロケの集合時間に約2分遅れてしまったため出川哲朗 が「ドッキリしましょうか」と提案。石橋貴明 がタカに激怒するドッキリを敢行。怒られたタカは一生懸命謝ったが聞いてもらえず、石橋が出川を殴ったりテーブルを蹴飛ばすなど怒りが収まらないまま時間が過ぎた(もちろん石橋の演技である)。しばらくしてから謝りに行った後、石橋がトシに突っ込まれネタばらしをし本人はようやくドッキリと知るが、緊張の糸が切れたタカは号泣してしまった。なおこのドッキリは突発的なものであったため、2人のマネージャーもドッキリと知らずに本気で謝っていた。
  • 生まれたときの名前の候補が両者翼であったと堂本兄弟で公言している。


爆笑オンエアバトル

  • 2001年に爆笑オンエアバトルの札幌収録で初出場するまで、全国ネットの番組での仕事は殆ど無かった。後に、東京に上京するきっかけになった番組と話している。
  • 2001年の初出場時は4位、その後は4回連続5位と綱渡りの状態だったが、第6戦以降からキロバトルが上昇。第11戦以降は1位が定位置と言えるほどまでになり(第17戦のみ2位で、1位はキャン×キャン )、第13戦から現在まで6連続オーバー500の記録も保持している。さらに、番組最多連勝の18連勝の記録も打ち立てている。チャンピオン大会ではルート33 に続く2連覇を達成した。これらの戦績により、番組内では「史上最強のチャンピオン」と紹介されていた。
  • 第9回チャンピオン大会では、「○○か!」を強調しない正統派漫才を披露したが、番組史上初の3連覇達成は成らず、後輩のNON STYLE にその座を譲り渡した。結果発表後は大きな拍手で新チャンピオンを祝福していたタカだが、チャンピオンベルトとトロフィーの授与が終わる頃にはうつむき涙を流していた。収録後の楽屋にてタカは「思い残すは無いし遣るべき事はやりきった!」と力強く語り、トシも「オンエアバトルにはお世話になりました!今後も活きのいい若手を輩出してください、僕らも負けません!」と番組への感謝を述べた。


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