2025年が始まり半年を迎えようとしている。
それから失ったもの。
左肺臓の一部
視力
財産
信頼
精神
女性
トランプ関税のニュースを見ていると、この状態では仕事も危うい。
肩を叩かれてそうである。今、失うものが多すぎて休職しているのである。
占星術では2月の節分から新年の始まりという。その説はあながち統計学的に間違えではないなと思うことが、昨年の節分を境に災いと思えるようなことが起こりはじめた。その年、私は八方塞がりだったのである。
その頃、様々な事象に悩まされ、同じ年頃の同じ車種のバイク仲間に尋ねた。
「厄年や八方塞がりのとき、どうだった?」
「自殺するくらいに精神が参って、気休めだけどお祓いに行ったよ。本当に大変だった。」
私は占いなど信じたくないものの、小さな人間なので、その仲間の言葉と自身を重ねた。
節分を過ぎて、先ず駐車場で隣の車と事故を起こした。なかなか風邪の咳が長引き治らず肺気腫と診断された。
上司よりほぼパワハラに近いことをされ、春くらいからメンタルが怪しくなってきた。気分の上下が酷く不眠になりつつあった。人に会っている時も異常なほどの時もあった。
せめて趣味にでもと購入したバイクがハズレだった為、逃げ場を無くした頃、上司に職場移動願いを出した。それは降格も意味している。それでよいと思っていた。
移動先は交代勤務であったが、移動というよりも謂わば左遷に近いものであった。それでもよかった。しかしながら仕事が過酷で、50キロ後半の体重が50キロを切りそうになったのが、昨年の後半から今年のはじめ。
日々の仕事がこなせず過酷で更にストレスが溜まっていたのである。
そんな中、肺に影が見つかる。
結果からいうと肺がんだったのだが、それを知った瞬間、もういいか、と張り詰めていたギターの弦のように糸が切れ、心療内科を受診し診断書を貰い会社を休職した。
それが今年の2月の節分過ぎのことである。
肺がんについては結果的に良かったのであるが、その後、想っていた女性が去っていった。手術で入院している頃は随分と支えられていたが、私の誕生日あたりを境に連絡が取れなくなった。
取れなくなったというよりも、毎日お互いにやり取りをしていたのだけど、取らなくなったと言った方が正しい。
その前から徐々に連絡に不信があり、途切れてしまったが、私の誕生日に義理なのかその日に連絡があり、それが最後になった。
空気を読んだ私も、それっきり連絡をやめた。
失ったもの
左肺臓の一部
視力
財産
信頼
精神
女性
涙も出ない疲れた脳で「なんだかトラウマになりそうな年だな。」と部屋の天井に設置されている、虫の死骸が散乱しているLEDライトに照らされ布団に横たわりながらある事に気がついた。
やけに今年は5の数字が重なる。
私の誕生日は5月の節句である。昭和◯5年生まれであるし、今年は2025年でもある。そして定年まて5年か。
何か意味があるのだろうか。そんなことはない。単なる偶然だ。いつもそうやって騙されてきたじゃないか。
占星術や陰陽の世界では、空いた部分には必ず入ってくるという。
子供の頃から嫌なことがあったときは、必ず良いことが沢山あるよと、そうやっていつも色々な人に言われてきた。
もう人生が斜陽なのに、それはいつ来るのだろうか。
おしまい








