でも
一生懸命生きてたら
後悔することから逃げることもできない気がします。

自分の考え方や環境って
変わるじゃないですか。

その瞬間最善の選択をしたとしても、
数年後の自分がどう感じるかは未知です。


私が思うに、
後悔も人生の味わいの一部、
後悔が少ない人生のほうが評価が高いわけではないと思います。


後悔することを怖がるから
瞬間を楽しめなかったり
そもそも大切にしたかったことを見失ったりしますよね。

細かいことは
時間の経過でなかったことになります。


例えば肉親が生きてるうちにこんなことしておきたかった、
言っておけばよかったとかいうのは
時間が経つほど苦しかったりするかもしれません。

やり直しができることは
後悔したっていい
という割り切りが
自分を楽にしてくれますね。

歓送迎会、

コロナで延び延びになってた

諸々のお祝いなどの

宴のお誘いありがとうございます。


残念ですが

家庭事情により

一切の宴会には参加できません。


自分で好んだハードモードの家庭環境ではないんです。


ご準備くださった担当の方には  

お詫びとお礼を申し上げます。



ただ、

毎回思うのですが

この手のお誘いで、スタッフ名簿のところに

欠席者が

✖️すみません

と書くのが違和感あります。


私は謝らないわよ?


業務でもないしね。

私にはアナタたちには想像もできない

事情があるのよ。


申し訳ない気持ちはあるけど 

謝るのは違う。



アタシ悪くない。


仕事と家族と

必死に生きてるだけなんです。


理不尽なことは

前世の借りを返している、

と考えたら

喜べなくはない。


生きてる限り、

時間はチャンスで、

また借りを増やすか

返済するかは自分次第。


私には特別な才能とか能力は見当たらない。

情報弱者で

特技なし。


人を助ける?というか

貢献できることは

かなり限られていますが。


何度も書いてきたように

機嫌良く振る舞うことは意識しています。


話しかけた相手が

笑顔で、明るい声のトーンだったら、

心が救われませんか?



それでどれだけの借りが返せているか

可視化できるものではありませんが、

自分の不機嫌で

人に迷惑をかけるのは

借りを増やしているように思います。


余裕がない時ほど

笑って対応しようと思います。


余裕なんて

一生できないと思うからです。



家族と自分が一日健康で過ごせただけで

自分には勿体ない守護なんだと、

一日が終わる時に思うようにしています。


儀式のように毎日やらないと

ウッカリ不満の方が育っちまうんでね。


今日も明日も

笑顔で対応心がけます!!