リウマチくんとアカラシアちゃんと。

リウマチくんとアカラシアちゃんと。

自身の知り得た範囲のリウマチやアカラシアの情報発信場とします。

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入院中のごはん、前より「きちんと味のメリハリがあって美味しい」と思いました。
麺料理は…ふやふやしたの好きじゃないから嫌だったけど(冷し中華と山菜そば)、季節を感じるための工夫だろうからね。
朝は毎日パン食です。
バターやマーガリンをパンに塗る習慣がないので、オリーブ油とピンクソルト、ハーブソルトなどで変化をつけてました。
バターとイチゴジャムを確保しておいてジャムバタパンしたり、サラダで使わなかったマヨネーズとおかずのオムレツでタマゴサンドしたりしてました😃
ごはんはかためで好きなタイプ。
品目数も多く、何より上げ膳下げ膳おまかせだからねー。幸せでしたよ✨



東京女子医大の中央病棟に入院してます。
入る前にいろいろ調べたけど、公式の記載も誰かのblogも判らないこと多かったので、誰かのために記録します。
特記のないものは室内設備です。

【ある、できる】
ベッドとテーブル
2ドアの冷蔵庫(120Lくらい)
幅30cmロッカー
(事務室用、鍵かかる、ハンガー3つ)
電源(太い4口) ※ベッド頭の電源はあまり使わない方がよさげ
テレビ(小さいけど見放題)
ベッド横チェスト(簡易金庫つき)
応接セット
ゴミ箱
トイレ、洗面所
リネンレンタルについてくるアメニティ:ボディソ、メリットリンスイン、歯磨きセット(ペーストは無名)、ティッシュ一箱、スプーンと箸

飲み物の自販機(談話室)
シャワー室
(内装と排水工事がされててかなりましになってた!)

【ない、できない】
コンビニや買い物(ヘルパー非同行では7階からは移動禁止)

※9~16時に、看護師さんを通じて荷物の受け渡しができる
入退院時も家族が来れるのは一階までで、むかえ送りは看護師さんとカートがついてくれる。

【持ち込みしたもの】
Wi-Fiルーター&直接接続ケーブル(必須)
※無線飛ばすの禁止なので重要でした
ノートパソコンと周辺のもの
高さ調整スタンド
充電アダプター各種
延長ケーブル(4口+USB3口)
濃縮還元のコーヒー、麦茶
常温保存可能の牛乳
オリーブオイル、ピンクソルト、スパイス

【あってよかった小物】
術後用の吸い飲み
大容量タイプのお手拭き
制汗剤入り身体拭きシート
化粧水シート
台所洗剤とスポンジ
ブリタのハンディ浄水ポット
トリートメント、洗顔フォーム



コロナの影響で家族の面会はおろか入退院のときの同行も、手術日の来院すら禁止なので、立派な応接セットは仕事場になりました(笑)
もともと在宅ワークのセットが会社からある程度出てるのと、自分でUQモバイルルーターを新調したばかりで、5Gが走ってる新宿区(超都会)の病院の個室には、めっちゃ快適な仕事空間が爆誕しました。
代休と夏期休暇と年次有給休暇を用いて入院したんですけど、肩がパンパンになるまで働きました。
これで3年前のようにに査定をおとされてはたまらんな…と思いつつ。



障害認定を受けて2年になりますか。

骨切術のあとの癒合があやしいこと
左小指付け根のジョーンズ骨折が手術必須であること
これをどうにかするために、再手術&同時にジョーンズ骨折手術となひました。

骨と骨の間は、細胞が生きてないと癒合しないらしいです。
なので、踵の新鮮な骨をくりぬいて、癒合が必要な箇所に移植するそうです。
考えるだけで…((( ;゚Д゚)))

ただこのままだとどうにもならん(歩けるようにならん)とのことなので、手術していただくことに決めました。

春先に決心し、業務的に支障がなさそうな日程をピンポイントで見つけ打診したところ、なんとなんと先生の都合がつきそうで、即決しました。
7月17日入院、7月19日手術で2週間。個室。
トントン拍子に決まるということは、やれということだ。

というわけで2回目の入院となりました。
入院前に半月分死ぬ気で前倒しして来た仕事。
入院中もネットを介して仕事してたけど、自宅療養中も毎日やらなきゃいけないことはたくさんあり、これ有休なのかなぁな日々。
それでも、お前なんて要らないと言われるよりよかった(笑)

職場復帰してからずっと、車椅子生活になるとは思わなかった。
それより、車椅子になるまえから充分障害者手帳とれるレベルの機能障害だったことに驚いた。
今までずっと申請できたのにと思った。
そして誰もそれを教えてくれないので、本当は認定されるべきなのに知らずに我慢してるか、知らずにお金を使いまくってる患者がどれだけいるんだと愕然とした。
1週間の自宅療養後、職場復帰予定。
表面の傷は、大体四週で塞がることが多いとか。
職場復帰しても半月はおとなしくしてなければ… でも早くお酒飲みに行きたいなー☺️

10分と立っていられず、料理もしんどかったので、キッチン用の背の高い椅子を買ったり、できる限りソファーで過ごしたりしてました。

介護保険(40歳なので)の適用も考えられるのではと、地域包括の方にも連絡してみたり。

これでは外なんて歩けないよね、通勤はどうするの?といろいろ相談して、適用してもしなくても、と、電動車椅子をレンタルすることになりました。
手で動かす車椅子は、腕と手首が痛くてとても無理で。
月に三万弱。まぁ数ヶ月だし、お守りがわりに借りておこう。たまに旦那と散歩もできるだろう。

でも、このときは、まだ毎日車椅子で通勤する度胸もなく、正直「タクシーで2週間通勤するうちに傷も塞がってくれるのでは?」と期待してもいたし。
そもそも、会社にもなにもお願い事を言えなかったし。

人差し指の感覚は戻ってなかった。
でも、きっと戻ると思っていた。
その日一番手の手術対象者が手術できるか否かわからず、とばっちりで二番手の私の手術時刻が朝か昼かも当日まで全く不明というトラブルはあったものの...
手術、おかげさまで無事成功しました。




術後のレントゲン
(左。右は術前)




術後3日の傷の様子。
(すごい腫れてるな)
第2指からワイヤーがぴょこん。
変形した第2指がまっすぐ。
同じく変形した母趾がまっすぐ。
高校生から飛び出てた母趾が...
 
痛みは母趾真ん中らへんの骨を楔状に切断&ワイヤーで繋げた箇所と、第2指の腱切断&縫い合わせ?とワイヤーよるもの、かな 
足を、魔神の鉄球で潰されたような感じ。
少し触れ足り、角度が変わっても激痛。
まだ、とても5mと歩けません。

本日で術後10日です。
家のなかで杖をついてます。
早くもう少し軽い痛みになりますように...

Y先生に同時に手術できないか打診したら、2ヶ月かかるよって。

 

拇趾と第二指の骨切り術は1~2週間の入院で出て来れるけど(全治3ヶ月)

この骨折は一年以上経ってしまってるせいで、2ヶ月間入院し続ける必要があるらしく...

 

小指付け根のジョーンズ骨折もすごく痛いけど

それよりも第二指の亜脱臼の方が痛みが激しい。

2週間の休みで済みそうな亜脱臼からどうにかしていただくことになりました。

仕事をそこま休むわけにもいかないからね。

 

ところで。

2か月でもなんでも休んで、どちらも早くきちんと治してしまいなさいと、私の為を思っての言葉を一定数頂戴します。

しかも人によっては何度も何度も言ってくれます。

非常にありがたい。あたたかい気持ちは十分伝わります。

 

けど、理解してほしいです。

どう解決していくか、よくよく考えてのことなんです。

2ヶ月も空けたら、別の人が必要。退職を余儀なくされるか閑職行きでしょ。

 

リウマチはこの程度では、障害者手帳を発行してもらえない。

難病なのに、支援センターのような公的補助は何一つない。

薬のために働いて、生きていくのがやっとだというのにね。

私は20年、手帳を持てない障害者のまま。薬代は何百万払ってきたことか。

支援法に病名が載ったって、何一つ利はない。

 

一番小康状態のころに再就職してがんばって12年。

やっとここまで足元を固めて、年収も人並みまで回復した。

それを、どうして手放せる?

しかも悪化したリウマチの為に辞めて、再就職なんかできると思う?

答えは簡単。

こんな40歳と新卒なら、自分でも確実に後者を育てる。

30代ならいざ知らず、ね。

手帳でも持っててくれたらねぇ、と言い添えられる感じじゃないかな。

一度の入院で済む、という利点を大いに凌駕する難点がある。

 

それに、次に入院の話をするころには、テレワークの話も進めやすくなるだろうし。

ご迷惑を最小限にするよう、がんばるからさ。

※誤診は既に女子医を辞めた医師によるものです)

 

左足の第二指のあまりの痛みに、もういろんな薬で何一つ解決しないから、手術でもなんでも視野に入れて解決したいと主治医に訴えたところ、ようやくリウマチ整形の先生に診ていただくことに。

とても頭の回転が良くはっきりした、若い整形の先生が診てくれた。

 

結果。

 

1.第二指は亜脱臼しきって、もう戻らない状態まで悪化してるよ。

2.それよりこれ。小指の付け根。骨折してるよ?すごく痛いんじゃないの??これ完全に乖離しちゃってるから、手術が必要な部類だよ。

 

 

1.何年もずっと痛いって言ってきたけど、どの先生にもそこまで言われなかった…

2.'17年7月に当時の主治医に激痛としびれを訴えたけど「あ~なんでしょうねそこまで…悪化したんでしょうねえ」で終わりにされてた…

 

骨折部の激痛を悪化といわれ、20年目に急激悪化かぁと心が落ち込み、死にたいと思うようになり、天災で死にそうになる夢を何度も見て、そのたびに夢の中で「これでやっと楽になれる」と思ったことが、走馬灯のように流れた。

今の主治医に当時のカルテを見せてもらうと、謎のしびれを訴えてきたことにされてて、神経の薬を出された跡があった。

 

レントゲン一つ取らなかったもんなあ。

でも、信じて任せていた先生の言うことは、信じるよなあ。

ちょっと、結構、ひどいよな。

誤診じゃん。すべきこともしないで決めつけての失敗じゃん。

 

特にリウマチの患者はね、言えなくなるんだよ。

激しい痛みがずっと続くと、そのうち鈍い痛みになっていくんだよ。

しょうがないと言われたら、あきらめるしかない。

そう考えて20年やってきたんだよ。

 

その医師は、去年の秋に突然、女子医膠原病リウマチ痛風センターを去ってった。

院内の方によると、随分唐突で変わった辞め方だったそうな(挨拶もなかったらしい)

 

一年前の私に、誤診だよと言ってやりたい。

すぐによくしてくれるから、彼女に見切りをつけて、いますぐ整形のY先生にかかれ!と。

ゼルヤンツ治験終了から何年経ったでしょう。

一昨年の秋に結婚式を挙げ、昨年の秋に最愛の父が旅立ちました。

治験終了後、リウマチは下降線をたどり、会社へ通うのが辛くなったので転居を決断。

念願の持ち家(小さなマンションですが)で、夫と二人で暮らしています。

懸念でしたが、ローン、無事審査通過しました。

j年収が充分あったということと、審査時点で過去5年に手術も入院もなかったということでクリア。

 

その点では幸せですが、前からあった変形の進行がこの1~2年で激しくなっていました。

あまりの痛みにもう手術でもなんでもするから解決したいと主治医に訴えたところ、ようやくリウマチ整形の先生に診ていただくことに。

 

続く。