絵空事Resonance

絵空事Resonance

現在「黒と白のResonance」
「WEATHER」
という話を書いています。投稿間隔はめっちゃありますが、暖かい気持ちで観ていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします!

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最終章 原初の巨人(Ymil)

1

「巨人」という生き物には様々な種類のモノがいる。「タイタン」などの様な神である巨神や、だいだらぼっちの様な妖怪の様なモノまでいます。そのどちらにも共通するものは、「長身・巨体の神や人間あるいは人型の生物、亜人間」ということだ。
先ほど現れた霜の巨人(ヨトゥン)はカテゴリー分けするならば「西欧の巨人」と言えるだろうな。
西欧の巨人には、五十頭百手の巨人(ヘカトンケイル)や単眼の巨人(サイクロプス)、炎の巨人(スルト)などといった、RPG好きな少年少女なら聞いたことはありそうな名前が並んでいる。
では、質問をしよう。
「ユミル」という名前を聞いた事があるか?
あいつは、北欧神話において、巨人を作り出し、その後自らが生み出した巨人の子供達に殺された後にその身体から大地や海、更には死体に沸いた蛆までをも妖精に変えられてしまったという…。まさに、「全ての始まり」とも言えるべき存在だ。
ちなみに余談なのだが、ユミルを殺した「巨人の子供達」の中にはオーディンがいるらしいぜ。神話ってホント訳わかんねえよな。
え、お前は誰かって?
そうだな…。まだ自己紹介が終わって無かったな!俺の名前は………

2

聖ギリシア教会はここ最近作られた教会だ。私たちの住む町の周辺でも最大規模を誇る大きさの宗教的建造物でもある。
私はそこに行った事は無いのだが、私の友人から聞いた話によると、その教会では物凄い効力を持つパワースポットなるものがあるらしい。今更になって考えてもみると、それは当然であるし、必然でもあると私は感じる。
何故なら、そこには紛れもなく「魔力」というエネルギーが存在するのだから。
となんだかんだ考えている内に教会に到着した。その頃には、私の頭痛もすっかり治まっていた。
「久しぶりに来たけど、相変わらずここは広いなぁ。」
「さっき思いっきりMP使ったから回復にはもってこいだな。」
MPって…。どこぞの某勇者の冒険RPGみたいな事を言うなと思いつつ、教会の周りを見渡す。
花…綺麗だなぁ。
「落ち着くでしょ?僕と友梨亜で見回りして来るからさ、奇稲田さんはあそこのベンチで座っててよ。」
「でも、せっかく連れてきてもらったのに…」
「いいからいいから、澱斗もいるから万が一の時には何とかしてくれるはずだよ。」
「あのなァ可夢偉、こちとらまだ回復し終わってねえんだぞ…。」
大神先輩は沼倉君からの無茶振りに対して愚痴をこぼす。しかし、そんな様子に気づいてない沼倉君は春霧先輩と一緒に見回りに行ってしまった。
こうして二人きりで残されてしまった私たちに出来ることは、たまたまあった売店で買ったアイスを食べることだけだった。
「何で教会の中にローソンあるんですか…。」
「芸術家とかってどこか発想がぶっ飛んでるところあるじゃん?そういうのと同じなんだと思うぜ。」
「何で芸術家の発想と一緒にするんですか!建てた人は大工さんでしょうが!」
「突っ込む所はそこじゃねえと思うんだがなぁ…。」
頭を掻きながら大神先輩は呆れたように呟く。
「今日は暑いな…夏はまだ遠いっていうのによォ…。」
今日は暑かった。
それは8月初旬のような暑さで、汗が次から次と湧いて出てくる。
「ローソン、あって良かったかもしれませんね。」
私はアイスを舐めた。

行間

青年は地面に伏していた。
「ここはどこなんだ?」
青年は周りを見る。
暗闇。何一つ無い暗闇がそこには広がっていた。
「誰かいますかあああ?」
大声で叫んだ。だが、反応は無い。
青年は立ち上がった。
そして歩いた。ただひたすら前へ進んだ。
それでも、何も無い。
20分くらい歩いた青年は悟った。
「そうか、そうだよな。そりゃあ何も無えわけだ!」
青年がそう言うと、暗闇がどういうわけか消えて行った。そして、世界は消えた。

3

アイスを食べ終わった私は、アイスの棒を捨てに先程アイスを買ったローソンに向かっていた。
「アイスは長持ちしないからめんどくさいのよね。」
と、訳の分からない独り言を呟きながら私はゴミを捨てる。
さて、大神先輩の所に戻ろうかと振り返った瞬間に私は驚愕する光景を目撃した。
大きな人の集団だ。身長2~2.5Mはあろうかという人が大勢になって教会の敷地の中を彷徨いていた。
バスケの合宿でもあったのだろう。先程、私は敷地内を見回っている時に体育館があったのを思い出した。
何だこれは、と驚きながら大神先輩の所に戻ろうとした時、大きな人の内の1人と目が合った。
男とも女ともとれる、中性的な見た目だった。
「לא ראה את לוציפר?」
話しかけてきた。それも知らない国の言葉で。
「ええと、すみません。英語ならちょっと分かるんですけど…。」
「אנחנו אומרים או לא ראיתי את לוציפר!」
その人は怒っているようだった。
しかし、分からない言葉を理解しろというのもかなり無茶な話だ。
でも、理解できない訳ではない。そう、Google翻訳ならね。
「あの、これに向かって喋ってもらっていいですか?」と言って、私はスマホを差し出した。
すると、大きな人は自分の指を前に出した。文字を入力するのだろう。
直後、私の腹部に激痛が走った。
「かはっ……!」
私は自分の腹部を見る。
大きな人のその巨大な指が私の身体を突き刺した。その事実を私は薄れゆく意識と共に悟った。

4

「畜生、間に合わなかったか!」
澱斗は悔しさを滲ませた表情で巨人を睨みつけた。
みのりは巨人によって腹部を突き刺された。ベンチに座っていた自分の目の前で。
「あの時殺しておくべきだったんだ…。」
澱斗は激しく後悔した。澱斗は油断していた訳ではない。実際、彼は自分の使い魔をみのりの護衛として使役していた。
しかし、運が悪かった。その時、どこぞの高校のバスケ部が教会の敷地内にある体育館に合宿で来ており、なかなか見分けの付くような状況ではなかったということだ。
あんな状況だと、みのりがバスケ部の部員だと思うのも無理はない。
「てめえ、名乗りやがれや!」
澱斗の声に反応した巨人は、彼の姿を見るなりこう言った。
「או differents צאצא, של אודין?(貴様、オーディンの末裔か?)」
「אה, נכון. Ymir!(ああ、その通りだぜ。ユミル!)」
謎の言語で語りかけてくる巨人に対して、澱斗は激昂しながら返答する。
「! שמדוע ​​מעורב שאינו קשור אנושי ︎(どうして関係の無い人間を巻き込んだ!)」
「זה בגלל שלא ענה לשאלה שלי.האם לא ראה את לוציפר? אמרתי.(私の問いに答えなかったからだ。ルシファーは見なかったか。とな。)」
「תפסיק להתעסק. למרות שאתה בטח נהרג וציפר!(ふざけるな。ルシファーはテメエが殺したんだろォが!)」
「זעקה בכ נהרגה פרצוף אחד, זה מה שאתה הפך בעדינות.(小娘1人殺したくらいで喚くとは、お前も丸くなったものだな。)」
「עזוב אותו, זה אסור! אני הורג כאן בנזונה(テメエ、許さねえ!テメエはここでブチ殺す!)」
澱斗は実体化した主神の槍(グングニル)をユミルに向かって突き立てる。
その突きを嘲笑うかのようにユミルは躱した。
「כגון התנועה שלך, ניתן לראות את זה בצורה מאוד ברור!(お前の動きなど、手に取るように分かるぞォ!)」
ユミルは澱斗に嘲笑した表情を見せる。
その表情は澱斗の怒りを増長させるには充分なスパイスだった。
刹那、ユミルの腕が吹き飛ぶ。
しかし、その程度の傷はユミルにとっては無意味だった。……いや、むしろ「好機」であったと言えよう。
「בלתי צפוי לומר הוא שאתה שכחת לכתוב האופי שלי. אודין.(私の性質を忘れたとは言わせぬぞ。オーディン。)」
ユミルはその吹き飛ばされた腕から、巨人を精製したのだ。
「ちっ、単眼の巨人(サイクロプス)か!だったら、こっちにも手段はあるんだよ!」
サイクロプスの攻撃を槍で受け流し、後方へ下がった澱斗は呪文を詠唱した。
「ー世界樹の主に、主神の末裔が願い奉る。貴殿の力を持って、叛逆者への処罰と成す。召喚、主神の双雷槍(ツイン・グングニル)!」
主神の槍(グングニル)をもう一本召喚した澱斗は2本の槍を地面に突き刺した。
「ここが魔力に満ちていて助かったぜ…。罪なき一般人を巻き込んだツケはテメエの命で償いやがれや!ーTodesurteil von Gott(神からの死刑宣告)!」
地面に迅速で、甚大な雷がユミルと単眼の巨人に襲いかかる。
巨大な体は甚大なる力を生み出すが、それ以上に甚大な負担があった。遅いのだ。
足のを遅い2匹にこの攻撃を躱す事は不可能だった。
雷は地面と巨人を八つ裂きにした。
「やったか⁉︎」
澱斗は満身創痍だった。それも無理は無いだろう。彼は、彼の体の中にある全魔力を攻撃に注いだのだから。
「הילד צחק לכזה של היקפה.(その程度とは笑わせるな小僧。)」
澱斗の体は吹き飛び、広場の噴水に叩きつけられた。
「何……でだ………よ。」
朦朧とした意識の中で無意識に口にする。
あの時、ユミルに確かに雷は当たったのだ。ユミルの生み出したユミルに。言うなれば、「卵の殻は割れたが、黄身にはダメージが無かった。」という感じである。
同時刻、教会内に可夢偉と由梨亜はいた。
「……っ!由梨亜!」
「言いたいことは分かってるわ。澱斗に何かあったみたいね。……恐らく奇稲田さんにも。」
唇を噛み締めて由梨亜は言う。
「広場の方から澱斗の魔力を感じた……。早く行くよ由梨亜!」
「言われなくてもそのつもりよ!」
二人は教会を急いで出て、すぐさま広場に駆けつけた。
だが、そこにあったのは絶望であった。
「奇稲田さん!澱斗!」
可夢偉はただひたすらに、無我夢中で走った。叫んだ。
由梨亜も当然走った。
「由梨亜、奇稲田さんは大丈夫なのかい⁉︎」
「脈はまだあるわ!…血はあまり足りてるとは言えないけど。」
可夢偉は少し、ほんの少しだけ安堵した。と同時に怒りがこみ上げてきた。
「澱斗からはまだ生気を感じる。きっと大丈夫だ。」
可夢偉の瞳には怒りと希望が混在していた。
「出てこいよ!まだいるんだろっ!」
「זה מה ... אנחנו גם נפלו, והוא הורשע ברייקי.(霊気を悟られるとは…我も堕ちたものだな。)」
巨人は現れた。この惨状を生み出した張本人である原初の巨人(ユミル)が。
「ユミル……3年ぶりだな…!」
「אני זאב, או שעדיין היה בחיים. אני חשבתי שזה דבר שכבר קשור לכל מלונה בוודאי.(狼よ、まだ生きていたか。てっきり犬小屋にでも縛り付けられているものだと思っていたがな。)」
「…………。」
ユミルからの挑発を可夢偉は無視して、右手にはめていたグローブを外した。
そして、ユミルの懐に飛び込み、巨大な身体に右ストレートを撃ち込む。
しかし、拳は巨体にめり込んで押し返された。ユミルは低反発の皮膚を「生み出して」その身体に配置することで、拳の衝撃を最小限に抑えたのだ。
すぐさまユミルは右手を振り下ろして反撃してくるが、可夢偉もすぐに距離を取って躱す。
ユミルは自分の胴体を抉り出して、巨人型の使い魔を生み出した。
やがて十数匹になったあたりで生産は止まった。だが、それだけでも可夢偉を囲むには充分だった。
多勢に無勢という状況に追い込まれた可夢偉であったが、その表情にはまだ余裕があった。
可夢偉は並の人間より少しだけ大きい犬歯を見せて叫ぶ。
「そっちが『生み出す』んだったら、こっちはソイツを全て『喰い殺す』!」
可夢偉はユミルの生み出した大勢の使い魔を蹴散らし、喰った。
時々隙を見て、ユミルに噛み付く。
中性的で見た人間を魅きつける美しいその顔に。
「お前の脳を噛み千切っちまえばその生産能力は機能しないだろ!」
ユミルの頭部は屈強で、並大抵では噛みちぎれるようなものではなかったが、フェンリルの鋭利な牙の前では無意味であった。
ユミルの頭部を噛み千切った可夢偉はそいつを喰った。可夢偉はユミルを遂に討ち取ったのだ。
しかし、ここで可夢偉は気付いた。
「……何で血が出てないんだ?」
ユミルの頭部を失った身体から血が吹き出ていないのだ。
「また『生み出した』のか⁉︎」
可夢偉の声と同時に、首のないユミルの胴体から屈強な腕が突き出た。
「"זה נכון.(正解だよ。)」
やがて、一回りくらい小さなユミルが出てきた。
呆気に取られている可夢偉を見つめたユミルは、何かを思い出した顔をして話出した。
このユミルの行動は、可夢偉に更なる衝撃を与えた。
「お前、次は何を『生み出す』んだ?」
「של זיכרון. זה זיכרון ילדות שאבדה differents. הזאב צעיר, לא, יוד 戋 呜 ערך רב.(記憶だよ。貴様の失われた幼少時代の記憶だ。若き狼、いや、素戔嗚尊。)」
「は?僕が素戔嗚尊(スサノオノミコト)だって?何を言っているんだユミル。仮に僕がスサノオだったとしても、その記憶を思い出させてお前にどう得するっていうんだ⁉︎」
「זה כוחו של Orochi. אכלתי Orochi זומן differents, אני צריך להיות איום על העולם שוב.(オロチの力だ。貴様の呼び寄せたオロチを喰って、私は再び世界の脅威となるのだ。)」
オロチとは、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の事だ。日本神話でスサノオノミコトに討伐された八頭の大蛇だ。
「עכשיו, הוא מחיה. היסודי 戋 呜 מיקוטו!(さあ、蘇るのだ。素戔嗚尊!)」
ユミルは瘴気に包まれた彼の左腕を可夢偉の脳天に叩きつけた。可夢偉は避けられなかったのだ。
「僕が…………僕じゃない…」
と言い終わる前に、可夢偉は地面に倒れていた。

5

何時間眠っていたのだろう…。いや、もしかしたら私はまだ眠っているのかもしれない。
ここは何処なんだろう、という考えが私の頭をよぎる。
確か、何か訳のわからない言葉を喋っていた外人の人に刺されて…。でも、意識があるということは私はまだ生きているということだろう。
あの外人の言葉には何か意味があったのだろうか?
「そんなの分かるわけないじゃない!私は普通の高校生なんだから!」
私の独り言は暗闇に吸い込まれた。返ってくるのは、静寂。
それも当然だ。ここにいるのは私だけなんだから。
「『ルシファーという奴を見なかったか?』って言ったんだよ。」
私の声ではない声が聞こえた。
「遂に聞こえない声まで聞こえ出したわ。神の声ってヤツかしら?」
「うーんと、半々だね。神でもあるけど、一般人でもあるかな。始めまして、いや、『久しぶり』かな、子孫改め、転生後の私ちゃん。」
と出てきた女の子は答えた。
年上の様にも見えるが、年下の様にも見える不思議な子だった。
間髪入れずに、『私ちゃん』と名乗る女の子は喋り出した。
「私というのも違うか。アナタはアナタだもんね!私は奇稲田姫(くしなだひめ)と言うんだ、姫って呼んでちょうだい。」
自らを奇稲田姫と名乗った彼女の第一印象はよく喋るな、という感じだ。
「で、奇稲田姫さんは何をしにここに?」
「えーっと、少年漫画風に言うなら『一度敗れた主人公がぱわーあっぷして、再戦して勝利するアレ』のぱわーあっぷの段階……かな。」
 一度敗れたっていうか、不意打ちなんですけどね。
「で、パワーアップって何をするんですか?」
「私がアナタになることだよ。」
「すみません、それってパワーアップじゃなくて憑依じゃないですか?」
「うるさ~い!憑依系主人公ってじゃんるを切り開けばいいじゃんか!」
「そんなジャンルは開拓しとうないわッ!」
 話すだけで疲れるなあ・・・。なんなんだこの憑依系ご先祖様は。
「現実世界のアナタは腹に穴がすっぽり空いている状態なんだよ?このままじゃアナタは間違いなく死ぬんだから、私のご都合主義ぱわーで助かるだけマシなんだよ。ね、納得した?」
 そうか・・・。私このままだと死んじゃうんだ・・・。
 どうせ死ぬんだったらこの姫に賭けてみるべきなのだろうか?
 だけど、このまま姫が憑依したら私はどうなるのだろうか?私の体に『奇稲田姫』という魂が住み着いて、『奇稲田みのり』という私自身の魂は消滅するということになるのだろうか?
「あ、アナタが懸念している『魂の在り処』については問題ないよ。」
 私の心の内を見透かすように姫は話を切り出す。
「だって生まれた時からアナタと私は一緒だったんだから。」
「ずっと・・・一緒?」
「そう。さっきいったでしょ?『子孫改め、転生後の私ちゃん』ってね。つまりアナタは私、私はアナタなの。」
「それはつまり、自問自答?」
「・・・それが分かっているなら答えは出ているんじゃないの?」
「分かったよ・・・。私は自分を信じてみるよ。だから・・・・・・」
 このとき、私は初めて命を懸ける決意をした。
「力を貸してください・・・私!」
「言われなくってもそのつもりだよっ!」
 奇稲田姫という少女。
 すなわち、かつての「私」は微笑んで私の願いを了承してくれた。
 直後、まばゆい光が私の視界を奪っていった。私が見ていた幻覚が崩れ去っていくのだ。
 崩れゆく世界の中で私は、危機に晒されているであろう仲間の身をただひたすらに案じた。

どうか、無事でいて――

6

「……田さん!」
 誰かの呼ぶ声がした。
 その呼びかけに反応して、私は目を開いた。すると、そこには目を真っ赤にした春霧先輩がいた。
「良かった…やっと起きたわね。」
「あの……どういう状況か説明してもらえるでしょうか?」
 私の目に飛び込んできたのは春霧先輩だけではなかった。私の隣には大神先輩もいた。腹部からの出血が酷く、意識を失っているようだった。
「襲われたのよ。あそこにいる奴にね。」
 春霧先輩の指差す方向にいたのはさっき私の腹を刺した怪物……そして頭を抱えてうずくまっている沼倉君であった。
「さっきから可夢偉があいつの動きを止めて、私はあなたたちの治療に取り掛かってたのよ。もっとも、あなたの負傷はそんなに重傷ではなかったけどね。」
 そんなバカな、私は腹に大穴を開けられたんだぞと思いつつ腹部を確認する。
「……あれ!?傷穴が塞がっている?」
「傷穴なんて最初から無かったわよ?あなたの目立つ外傷はほっぺの傷ぐらいだったし。」
 不思議がっている私を不思議そうに見ながら春霧先輩は話す。

――現実世界のアナタは腹に穴がすっぽり空いている状態なんだよ?このままじゃアナタは間違いなく死ぬんだから、私のご都合主義パワーで助かるだけマシなんだよ。ね、納得した?

 ふいに、先ほどの幻覚世界での姫との会話を思い出した。本当にご都合主義パワーを使ったというのだろうか。
『も~、その驚き様だと信じて無かったんでしょ?』
 とても聞き覚えのある声がした。姫だ。
「信じていなかったわけじゃ……。」
「奇稲田さん、誰と話しているの?」
 うっかり声が漏れていたようだ。
「い、いえ!なんでもありませんっ!」
 これじゃ先輩に頭打ったの?と聞かれかねない。
 いきなり現れた先祖様はお構いなしに話しかけてくる。
『わざわざ言葉にしなくてもいいんだよ?』
『いきなり話しかけてくるからですっ!…………で、何の用ですか?』
『用といえば決まっているでしょ!あそこにいるデカブツをとっちめるのだ!』
 言葉を失った。
『何を鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているの?あの程度のやつなら楽勝でしょ?』
『ねえ、さっき言ったよね?私一般人、ただの女子高校生だよ?』
『簡単だよ。私と交代すればいいんだよ。』
次の瞬間には私の意識は身体から離れていた。ということは、今私の身体に入っているのは姫なのだろう。
まあ、素人の私があの怪物と応戦するよりは幾分かマシだとは思うのだけれど。
しかし、生身の状態で何をするつもりなのだろうか。流石にあの巨体に素手で挑むのは無謀だろう。
姫がとった行動はそんな私の予想とは全く正反対のものだった。
「おい、そこのデカイの。」
 姫は怪人に向かって思いっきりケンカ腰で話しかけた。怪人のほうも言葉に反応してこちらを向いた。
隣にいた春霧先輩は面を食らった顔をして、言葉を失っているのが分かる。
それもお構いなしに姫は話を続ける。
「どこかで見たと思ったら『原初』じゃないか。」
「さっき殺したはずの小娘かと思えばお前だったか・・・。人間の小娘の体を媒体として転生しておるとはな。」
 姫の力の影響だろうか、さっきは理解できなかった怪人の言葉がはっきりと理解できる。
 一方で、姫は怪人をバカにするように嗤いながら答えを返す。
「本人としぇあしているから・・・・・・別に問題は無いぞッ!」
 話しながら、素早い身のこなしで怪人の懐に潜り込む。不意打ちだ。そして、私が肌身離さず持っていた竹刀に手をかけて、おもいっきり振り抜いた。が、その攻撃はいとも簡単に躱された。
 このとき出来たわずかな隙を怪人は逃さなかった。
「なかなかいい動きをするな、久方ぶりの戦闘にしては上出来ではないか。まあ、これで終わりだがなァッ!」
 先ほど私を貫いた時のように、細くて鋭利な爪が私の胴体を一閃して鮮血をまき散らす。
 連続してこんなに大量に血を失えば、私の体は間違いなく死にいたるだろう。
 しかし、そんな状況にもかかわらず姫はニヤリと笑った。
「――出雲の国の豊穣神に願い奉る、我の血肉を贄として邪鬼を除き祓いたまえーー召喚、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)!」
地面に滴り落ちた血液が私の身体を中心として舞い上がった。そして、それはやがて巨大な大蛇を形成した。
『何ですかこれ…⁉︎』
「八岐大蛇だよ。本物はもっと大きいのだけれど、これ以上のさいずにしたらアナタの身体に負担が掛かるからね。」
『じゃあ、攻撃を受けたのもわざと……?』
「うん。この子を呼び出すには『出雲の巫女』の血が必要だった、だからわざと攻撃を喰らってやった。ってこと。まあ、すぐに終わるから心配しないでよ。」
 そう言うのと同時に、怪人が姫に襲いかかってくる。いつの間にかそいつの腕は鋭利な刃物のような形状に変わっていた。
 だが、それも彼女の呼びだした大蛇(オロチ)にとってはただの餌ですらないのだ。
 大蛇は奴の腕をまるでアナコンダのように一飲みにしたのだ。しかし、腕を喰われたにも関わらず奴は嗤った。
「ふむ、未だその実力に陰りなしといったところか。………さすが『出雲の巫女』よ。もっと俺を楽しませてくれェッ!」
「今度は形態変化じゃなくて分身か……面倒くさいことを。」
 姫が舌打ちすると、彼女の呼び出した大蛇は逃げるように怪物の分身の下へと飛び込んでいった。それは、あっという間に怪物を大きく囲みこんでいった。 
「一気に食いちぎってしまえっ!」と主からの突撃命令が下ると八つの頭を持つ大蛇は、一斉に怪物に食らいついた。
「原初、お前の十八番(おはこ)の『生産』はもう使えないよ。八岐大蛇(この子)の蛇毒は即効性が異常に強い。だからお前は直ぐに動けなくなるよ。」
冷たく言い放つ姫に対して返事が返ってくる言葉は無かった。既に動けなくなった怪物は大蛇に喰らい尽くされていた。
「ふぅ……。久しぶりにすっきりさせてもらったよ。そろそろ私ちゃんに身体を返さないとね。」
次の瞬間、私の意識が身体に戻っていた。
『困ったことがあったら私を呼んでよ。すぐに交代してあげるからさ。』
「あまり私の身体で無茶やらないで下さいよ?春霧先輩みたいにアゴ外す人出てきますから。」
『あはは!了解だよ。じゃあ、私は昼寝するね。』
と言うと、私の頭の中にあった靄のような感覚がさっぱりと消えていった。戦いが終わったのだ。
「こうも簡単に隙をみせるとは愚かだな。」
聞き覚えのある声が後ろからした。
「八岐大蛇には欠点がある。それは、八つしか頭がないことだ。」
怪物がさらに3~4匹くらい現れた。さっき殺した8匹は偽物(フェイク)だったのだ。
驚きのあまり言葉を失う私を意にも介せず、怪物は喋り続ける。
「逆に言えば8つ以上に分身すれば問題ないという訳だァッ!」
 沼倉君はまだうずくまっている。春霧先輩もこちらに走ってくるが、おそらく間に合わないだろう。
 姫と交代しても、傷口は塞がっているから八岐大蛇は召喚できない。
 この状況はどうみても絶望的だ。いちかばちかで姫に賭けてみるか?いや、間に合わない。
 思考している間に怪物との距離はどんどん近付いていく。
 もう駄目だ……。殺される――

「そこの姉ちゃん伏せてろッ!」
 頭上から声が聞こえた。教会の屋根の上の高身長の青年からだ。
 間をおかず春霧先輩も駆けつける。
「奇稲田さん、大丈夫!?」
「はい、大丈夫ですよ。あの、大神先輩は大丈夫ですか?」
「あのバカなら、頭打って気絶しているだけだから心配ないわよ。……あ、そこのお兄さん。この子たちを助けてくれてありがとうございます!」
「ん?もしかして、その声は友梨亜か?」
 青年は被っていたパーカーのフードを下ろしながら言った。フードの下に隠れていた顔を見て春霧先輩は驚愕した。
「流士!?あなた本当に流士?」
「おう、そうだぜ。じゃあ、そこで倒れてんのは可夢偉か?」
 話についていけない私は、とりあえず気になることを言葉にした。
「春霧先輩、このお方は…?」
「あ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は暁 流士(あかつき りゅうじ)だ。宜しくな!」



エピローグ


「こんにちはっ!」

 挨拶をしながら、私は生徒会室に入室した。

「ちわっす、みのりちゃん!」

 部屋に入ってきた私の挨拶に返事を返してきた青年―暁流士さんは、あの日以来この生徒会室に入り浸っている。なんでも、この組織を創ったのは彼だというのだ。3年前に他の3人の前から消えた後、彼は冥界という”叛逆者”を生み出している場所に『堕天』という名目で潜入していた。そこで1年間情報収集をしたのち、こちらに戻ってきていた。しかし、冥界に滞在していたことによる副作用による魔力の暴走を防ぐために2年間の間、ギリシア清教の監視の下で生活していたそうだ。で、この前作られた教会の建設と同時にこの街に帰ってきた。そして現在に至るわけである。

「あら、二人とも来てたの。いらっしゃい。」

「お、みのりと流士じゃん。」

 春霧先輩が大神先輩の乗った車いすを押しながら入室してきた。

 大神先輩はこの前の戦いで腕や脚を骨折してしまったので、最近は春霧先輩に車いすを運転してもらって登校している。しばらくは戦闘に参加するのは禁止だと春霧先輩に言われて涙目になっていたのが一番記憶に新しい。

 春霧先輩の方はというと、大神先輩の世話もしつつ生徒会の仕事もこなしているので大変らしい。最近は流士さんが大神先輩の車いすを押してどこかに遊びに行ったりしてくれるのでちょっと楽になったと言っていたけれど、どこかさみしげな顔をしていた。結局のところ、大神先輩がいないと寂しいのだろうなぁと私は思っている。

「あとは可夢偉だけだな。」と流士さんが言うのと同時に、生徒会のドアが開いた。

「あれ、僕が最後?みんな来るの早いね。」

 最後に部屋に入ってきたのは沼倉君だった。

 あの戦いの後、うずくまっていた沼倉君は立ちあがったと思ったらそのまま意識を失ってしまった。春霧先輩によると、前世の記憶とやらをあの怪物によって『生み出された』ことによって、封印されていた素戔嗚尊(スサノオノミコト)としての人格が復活してしまったことで自我が崩壊したらしいのだ。そこで、私の心の中に潜んでいたもう一つの人格―奇稲田姫によって彼の自我を取り戻させることでことなきを得た。

 私はあの戦いの後、生徒会に入会した。剣道部の練習が無い日はここにいる4人と一緒に魔獣狩りをしている。もう一つの人格である『姫』から戦闘の極意を学びながら戦っている。

「お、もう5時だな。」

「よっしゃ、友梨亜行くぞッ!」

「はいはい・・・・・・・。」

 先輩3人が先に部屋の外に出ていく。町内巡回の時間が来たのだ。

 部屋は私と沼倉君の2人だけとなった。

「あのさ、奇稲田さん!」

「ん?どうしたの?」

「奇稲田さんはどうしてここに入ろうと思ったの?」

「う~ん、そうね…。沼倉君がほっとけなかったから…かな。いつスサノオになるかも分からないしね。」

「なるほど……。」

「そんなこと聞いてどうするの?」

「いや、何でもない!」と頬を少し赤く染める彼を不思議そうに見つめる。熱でもあるのだろうか。

しばらくすると彼はドアのほうに向かって歩いて行くと、手を差し伸べて「じゃ、みんなを待たせているから行こっか。」と言った。

私は差しのべられた手を握る。彼の左手はグローブ越しでも温かく感じた。冬だからこそ、さらにその温かみがよく伝わる。

 彼の手に引かれて、私は駆け出す。まだ知らない不思議な世界へと―

「うん。行こっか、可夢偉君っ!」