桜の咲く頃・・・ 其の一
龍之介は一人、高鳴る想いを押さえ、窓の外を眺めて物思いに馳せていた。
窓の外は日も傾き、夕闇が迫っている。新幹線は米原の駅を通過し、あと少しで京都に着く。
もうすぐ京都だ・・・ 彼女は約束通り迎えにしてくれるだろうか?そんな事を思うと龍之介は焦りをも感じるのだった。
刻一刻と列車は京都駅に近づいている。
彼女との出会いは龍之介が新しい仕事に就き、仕事の為にと自宅用のパソコンを購入した事が切っ掛けだった。
パソコンを購入したのとほぼ同時にインターネットに申込み、なんとなく始めたインターネット。龍之介が契約したプロバイダでメッセンジャーサービスがあったので、興味本位で登録した。そこで彼女と知り合ったのだ。
昔、インターネットがまたパソコン通信と言われていた時代に龍之介はチャットをして遊んでいた事があり、懐かしさもあり、暇さえあればメッセンジャーをやるようになっていた。龍之介がメッセンジャーに傾倒するのに多くの時間は要さなかったのである。
龍之介は京都に向かう電車の中で、チャットでの不思議な出来事を回想しながら、不安と期待に揺れていた。そんな気持ちを必死に落ち着かせようと、平静を装いながら窓の外を眺めている。
微かな振動とともに外の景色が消えた・・・ トンネルに入ったのだ
「あぁ、もうすぐ京都だ・・・」心の中でつぶやいた。
実は、彼女と会うのは今日で2回目なのだ
初めて彼女と会ったのは2週間くらい前、クリスマスイブに
豊橋の駅で会っている。
彼女と知り合ったのは某プロバイダのメッセンジャーだった。
メッセンジャーで話すようになった切っ掛けは、会社のHPを立ち上げるにあたって学生アルバイトを使ってみようと思ってそんな話を何人かの人とメッセンジャーで話をしていた時だった。
お互い自己紹介を着たとき、彼女が龍之介の妹が通っていた学校の後輩だと分かって以来、急激に親しくなり、お互い意気投合してしまったのだ。
そこで、お互いの都合の付く時に会って打ち合わせをしようと決め、12月24日の昼過ぎに豊橋の駅で待ち合わせをしたのだった。
最初、ステーションホテルのレストランでランチを採り、その後ホテルのカフェでHPの仕様の打ち合わせ
あっという間に時間は過ぎ、時間は5時を過ぎていた。気がつくとあたりは真っ暗だった。
HPの打ち合わせが終わると、いつしかお互いに仕事の事、学校の事、他愛の無い世間話をするようになっていた。
お互い、その後の予定も無かったせいもあるのだろうが、とりとめもなく会話が弾んだ。
しかし、7時に近づいた頃、彼女の口からそろそろ帰らなければいけない時間だと告げられた。
龍之介は彼女と一緒にカフェを出、駅の出口まで彼女を送っていった。しかし、彼女の親が迎えに来るまでまだ暫く時間が有る事が分かり、お互い駅前を散歩する事になった。クリスマスイブということもあり、駅周辺はイルミネーションで彩られ、とても幻想的だった。
しかし、真冬の外は冷え込み、景色をゆっくり堪能する事はできず、龍之介の横で彼女は凍えていた。
それを見た龍之介は、彼女をベンチに誘い、彼女の肩を抱き寄せ着ていたコートで包み込んだ。彼女は最初、驚きの表情を見せたが、すぐに顔を伏せて恥ずかしそうに寄り添ってきた。
地元の駅という事もあって、初めは誰かに見られないかと不安がっていたが、周りはもう暗くなっていたので、誰も気がつかないと説明をすると安心して落ち着きを取り戻していた。
どれくらいの時間が経っただろうか?気がつくと彼女の頬を涙がつたっていた。龍之介はそれに気がついて、慌ててどうしたのかと彼女に尋ねた。
彼女は「こんな風に優しくされたのは初めて・・・ 嬉しくって・・・ 」と答えた。
それを聞いた龍之介は急に彼女の事が愛おしくなり、彼女をさらに引き寄せ、流れた涙を指先でふき取り
そのまま彼女の唇に龍之介の唇を重ね合わせた。
一瞬、彼女は身を強張らせ、龍之介から離れようとした。すかさず龍之介は彼女の耳元で「大丈夫だよ」と囁き、もう一度唇を重ね合わせた。
長いキスの後、彼女が
「ここじゃ恥ずかしい・・・ みんなに見られる・・・ 」
とうつむき加減に小さな声で龍之介に言った。
龍之介も急に恥ずかしさが湧き出し、場所を変えることにした。
駅に併設されているショッピングモールに異動し、彼女の迎えを待つことにした。
龍之介は、京都駅に滑り込む新幹線の中で改めて豊橋駅での出来事を回想していた。
その段階にあっても、彼女が京都駅に来ていなかったらどうしようと不安な気持ちを打ち消す事ができなかったからである。また、たとえ、京都駅に来ていたとしても彼女に彼氏が居て、一緒に待ち伏せされているのではと勝手に妄想する龍之介だった。
新幹線は徐々にスピードを緩め、ホームにゆっくりと滑り込んだ。
車内では京都駅での乗り換え案内のアナウンスが流れ、京都で降りる乗客が荷物を纏め下車する準備を始めている。
新幹線はホームの定位置に止まり、みな降り始めた。龍之介も意を決し、席を立ちホームに降り立った。
果たして彼女は来ているのだろうか?不安と期待に胸は高鳴り、緊張しながら駅の改札に向かった。
恐る々々改札まで行くと、そこに豊橋で会った彼女が佇んでいた。龍之介が彼女に気がつくとほぼ同時に彼女も龍之介に気がつき、とびっきりの笑顔を見せ、膝をチョンと曲げ軽い会釈をした。
約束の時間は夜の8時である。
二人は京都駅にあるHOTEL GRANVIA KYOTOのレストランで少し遅い夕飯を採り、移動した。
地下鉄で移動し、彼女の案内で京都御所近くのHOTELにチェックインをした。
彼女は母親が京都に遊びに来たときにいつも一緒に泊まるホテルで安心できるとそこを選んだという。
一度、豊橋で会っているとはいえ、矢張りお互いに緊張していた。しかし、ネットでほぼ毎日他愛の無い会話を幾度と無く交わしていた二人は、すぐに打ち解けあい、普段話せない話をとりとめも無く話した。



