すごく長い2日だった。一週間くらい過ぎたような気持ちだった。


NICUにすぐ娘を見に行けるのは良かった。


重症新生児仮死は、普通なら低体温治療をする。


わざと低体温にし、輸血をするという治療だ。


アプガースコア2くらいまでの子だったらこの治療は有効なのだ。


しかし、娘は吸引と鉗子によりとどめを刺されていた。


低体温治療をして輸血をするとどんどん出血してしまうため、できなかった。



監視不足の果てに慌ててばたばたと吸引、鉗子をした結果脳に傷までつけられていた。



ただ人工呼吸器をつけられた、小さな体は人工呼吸器での呼吸のみで生かされていた。

転院して初めて涙がでた。元いた病院では悔しくて悔しくて、絶対泣きたくなかった。


でもそんな気持ちも転院して初めて自分で理解できた。


人間、ショックが大きすぎると感情が無くなってしまうことに気づいた。。。



悲しかった。悲しくてつらくて涙が止まらなかった。。。



何の問題もなく順調に育ってくれた娘。


なのに分娩で殺されるなんて、夢にも思わなかった。



どうして?どうして???



なんで私の娘がこんな目に合わなければならなかったの?



私、先生に「助けて!」って言ったのに。


へらへら笑って出て行ったよね。。。



後で考えれば考えるほど、腹が立った。




ないがしろにされた娘がかわいそうで仕方なかった。



私の体も心も、イキまされ続けた結果ぼろぼろになっていた。

ありえない分娩をさせられたあと、子どもの入院するNICUがある病院に転院することが決まった。NICUの


ある病院の計らいだった。個室を用意してくれて、母と主人と3人で過ごさせてくれた。転院先の病院でも


ありえない医療事故だったようで、本当に真摯に接してくれた。


その病院は素晴らしい施設で、どうしてここで最初から産むことにしなかったのだろうと、後悔してもしきれ


なかった。娘を殺した病院も転院した病院も家から同じくらいの距離だった。





元いた病院はやたら自然分娩に重きを置く病院で、会陰切開や帝王切開は極力しないというご立


派な方針だ。しかし、その方針も確かな管理、監視の下でないと大変危険である。子どもの心拍が下がっ


た危険な状態だと、すぐに処置が必要である。


「分娩は母子共に命がけ」


このような危機管理がはたしてあっただろうか。


アプガースコア0でNICUに運ばれたのは、後にも先にもうちの子だけだろう。ほとんど死んでいるからだ。