先日、親友Mちゃんの実家が営んでる食堂へごはんを食べに行った。

ほんっと、久しぶり。

歩いてすぐの所にあるのに、いつでも行けるわ~なんて思ってるうちに月日が流れ。

20年ぶりぐらい。




Mちゃんは結婚して隣県に住んでいるので、この実家には今はご両親がいて、昔と同じように食堂を続けているのです。

小学校からの幼なじみなんだけど、私が中学生・高校生くらいの時には、この親友のお家によくお泊まりしに行きました。

そして出して下さるお料理は、食堂で出される料理と同じ美味しいメニュー。

これがいつも嬉しくてねぇ(*^^*)

自分ちで食べるごはんとはまた違って、毎日こんな美味しい料理が食べられたらなあ…なんて思ったりしたものでした。




そして20年ぶりに食べた味は、思い出の中の味と全く同じで。

「美味し~。この味!」

たちまち、あの頃のことがよみがえってきたのでした。





今回、私と両親とで食べに行ったのですが、食べ終わったら、Mちゃんのお母さんを交えて思い出話が弾みました。

その中で、ふと、Mちゃんのお母さんが「あすかちゃんは、子供のときから、なんていうか考え方が冷静やったよねえ」と。

えっ…。そ、そうかな~?自分ではそんなこと分からへんよ~。と言ったら

「なんか、色んな事や周りを見て、物を言ってる感じというかねえ」だって。

どんな子供やねん(笑)

冷静な子供って…絶対可愛くない(^^;




今から思えば、子供の頃の私なんか、考え方は幼くて、なんにも先のこと考えてなかったと思うけど。

だけど、なんか、そうだったのかもなぁ。とか思い当たる部分はあって。

なんか、子供のころから、自分が周りとは違うと感じていた。

小学生の時には、すごく運動音痴。

先天性の筋疾患なんだから運動できなくて当たり前なんだけど、その頃はまだ病気判明していないし、走ったり自転車乗ったりと割と他の子達と同じようなことは鈍いながらも出来ていたから…。

なんか、自分だけ運動がすごく出来ない!という劣等感の中で過ごした小学生、中学生時代。

そして高校生になると、骨格筋の異常が分かってきて、そこからようやく進行性筋ジストロフィーの判定に辿りついたのでした。




病名が判明するまでも、判明してからも、私の頭の中では「自分は何か違うから」ということが常に前提にあって。

進路を選ぶにも、クラブ活動を選ぶにも、そして何か物事を選ぶにも消極的な方ばかり選んでいたような気はする。

それが「冷静」に見えたのかなぁ~。

うん。だから、冷静沈着に、というよりかは「消極的」だったんだよ~私は(笑)。





なんか、年を経たからこそこうやって話せることもあるんだなあ、とすごく嬉しかった。

Mちゃんのお母さんは、昔からそうなんだけど、私を一人の人間として接してくれるから、好き。

私が子供だった時でも子供扱いせず、対等に接してくれた。

他方、自分ちでは両親にとって私はいつまで経っても子供であり、今でもかなり子供扱いされるときがある。

私が実家暮らしで、障害ゆえに手伝って貰うことが多いという状況なんで、どうしてもそうなってしまうのかもしれないけど(-_-;)





自分ちのことはさておき、Mちゃんのお母さんと話せたことで、自分のことを考える良い機会になりました。

あとは、Mちゃんとも久しぶりに会いたいなあ…