今回の八田技師墓前祭の前日にも、奇美博物館 を見学、そして奇美の社員食堂にて許文龍 氏の歓迎晩餐を頂戴した。

三年前にも、許文龍氏が私たちに紹介してくれたのが、浜野弥四郎 技師である。許文龍氏は、台南県の山上郷の水源地に八田與一技師が中心になって作ったと記録のある浜野弥四郎技師の銅像が、台座しか残されていないのを発見し、許文龍氏自らが、彫刻→胸像を作られた。胸像のひとつは奇美博物館に飾られ、ひとつは浜野技師の出身地である成田市に寄贈したいと許文龍しの手元に保管されている。


二年前から、成田では有志の方が、許文龍氏のお気持にお応えしようと胸像の受け入れを進めてきたらしいが、問題があって滞っているらしい。

寂しい顔をされながらお話しする許文龍氏を見て、むなしい思いがし、日台関係に大変お力を入れていらっしゃる東京の友人に電話をし、状況をご報告した上で、友人からは再度動いてみるとの返事をいただきました。